特集

対談:自治体における情報保護・活用のあり方とは
  2013/12/26

個人情報をしっかりと守り、正しく活用する文化をつくり上げることが、行政サービスの向上につながっていく

福島県の中央部に位置する須賀川市は東日本大震災で大きな被害を受け、現在も市政を仮設庁舎や既存の文化・体育施設内などで運営しています。同市では、震災からの復興、さらなる発展に向けた取り組みを加速するなかで、以前から進めてきたITを活用した行政サービスの向上にも注力。その一環として、2013年7月に「個人情報保護研修」を実施しました。これに先立ち、研修の講師を務めたBBS情報セキュリティ研究所の小田部昭所長が橋本克也市長を表敬訪問し、情報保護と活用のあり方などについて意見を交わしました。

「情報は市民からお預かりした」ものという意識を根付かせる

小田部 今回、須賀川市に来て、市役所を訪問する前にいろいろなところを見てきました。まだ震災の傷跡は残っていますが、復興に向けた動きは着実に進んでいますし、新しい市庁舎も早く完成するといいですね。

橋本 市庁舎の建設工事は、2014年の夏頃からで、2016年に竣工する予定です。大変な震災でしたが、市庁舎の建設に向けて前向きに考えて、チャンスと捉えるようにしています。情報管理にもいっそう取り組み、「市民から情報をお預かりしているのだ」という意識をこの地域のなかで“文化”としていきたいと思っています。
情報セキュリティについては、震災直後の混乱した状況のなかで「何かあっては困るな」と思っていたのですが、むしろ、ちょっと落ち着きが出てきた今のほうが危険ではないかと考えています。

小田部 行政機能が分散しているときは、緊張していますからね。特に東北地方では、個人情報の紛失や盗難が多く発生しました。津波で流されてしまったということだけではなく、実際に火事場泥棒みたいに持っていくようなこともあったと聞いています。
そういうときには皆さん緊張して目を配るでしょうけれども、ちょっと落ち着いた状況になって――しかし依然としてかなり分散していて――行動の範囲やパターンが以前とは異なる状況のなかで、気の緩みがあると問題が起きやすくなります。

橋本 小田部さんに情報管理についての研修をお願いするわけですが、特に若い職員に関しては初めての機会になります。若い頃から情報管理の意識を浸透させることで、まさに目指すような状況に近づけていければと期待しています。長年の習慣がありますのでいろいろと難しいところもありますが、注意・探求をしながら進めていきたいですね。

小田部 研修では、新たに採用された職員の皆さんだけでなく、管理職の方々にも情報管理の重要性を改めて認識していただけるよう、「情報を預かっている」ということをしっかりとお伝えしたいと思っています。
これは前から市長がおっしゃっていることですが、7万7,000人の市民と職員は「1つの船」に乗っていて、クルーとして職員がいる。市民はその船に乗っているお客様。ただ、お客様にも協力していただかないと船はまっすぐ進まないから、全員でやっていこうとお伝えするつもりです。
しかし、こういうことは他の自治体ではなかなかおっしゃらないですね。「職員が頑張るものだ」という雰囲気が強いですから。

橋本 私は「協働」という言葉をよく使っていますが、市民の皆さんにも一定の役割を担っていただかないと、実際にやり切れないことがたくさんあるのです。職員の力だけで情報が守り切れるかというと、そうではありません。

 

情報の保護・活用の取り組みを積極的に発信し、自治体と市民の「協働体制」を構築する

橋本 個人情報保護法を曲解されている市民の皆さんもいて、実は防災などの観点から大きな壁になっています。その理解が正しくあるかないかということが、災害時などには大事です。例えば「いざ」というとき、警察にも消防にも情報がないことも想定して、高齢世帯はどこにあるのか、お年寄りはどういう状況にあるのかといった情報を、地域社会である程度は共有していることが重要だと思います。
統計調査などを実施しても、その情報は交付税などの算定などに必要な情報ですが、必ず個人情報保護法を曲解して捉える方がいます。それは我々が信頼されていないということもあると思いますけれども、そういう意味では市民の皆さんが個人情報に対して正しい認識が持てるように、まずは行政として内部でしっかりと取り組むことを示さなければいけないと考えています。

小田部 もう一度「情報を預かっている」というのはどういうことか、職員の皆さんには意識を高めていただく必要があります。また、説明責任を果たしていくためにも、「市民から聞かれたら答える」というのではなくて、「行動」で示すようにしていかなければいけません。

橋本 確かに「聞かれないことには答えない」というのが、行政の鉄則のようになっているところもありますが、私もそれではダメだと思っています。

小田部 「積極的に話しかける行政」に変えて、ここに来ると安心・安全だな、と市民の皆さんが感じるような、“滲み出すようなセキュリティ感”が出てこないといけないと思いますね。
しかし多くの自治体では、例えば庁舎に入ってみても安心・安全が感じられません。なぜかというと、うろうろしていても「どちらへ行かれますか」といった声をかけられることがほとんどないからです。そういうケースでは、声をかけてもらうと安心ですし、絶えず見られているという意識も働きます。ですから、オープンなスペースなのであまり干渉はできないでしょうけれど、知らんふりするのではなく、何気ない仕草で付かず離れずといった行動に変わっていったほうがいいですね。それには個人のセンスも求められますが。

橋本 そうした環境をつくることは本当に大切だと思います。少し話がそれますが、震災発生の後で体育館にいるとき、被災状況の学術的な調査に来られた方たちがいました。そのメンバーのなかに今回、須賀川市に企業を立地していただいた社長さんがいて、当時の対応について「体育館から飛び出していろいろ案内してくれた対応に感激して、須賀川市に決めました」とおっしゃってくださいました。これには「でかした!」と思いましたね(笑)。

 

情報セキュリティを進める自覚を持ち、SNSなどの関わり方もよく理解する

小田部 今回の研修でもそういうところを伝えるようにしようと思います。法律を覚えてもらうよりも、「なぜなのか」という方針をしっかり理解することが重要です。
特に今回は、若い職員さんが初めて受けることになりますので、市長からも厳しくいっていただければと思います。また、情報セキュリティの普及・徹底を図るキーマンの皆さんには、その立場を認識して職位や職域を超えて、おかしいことはおかしいといわなければいけないですね。

橋本 おっしゃる通りです。須賀川市でもそうした姿勢で情報セキュリティポリシーを浸透させていきたいと思います。

小田部 情報セキュリティポリシーのもと、須賀川市でも職員の皆さんは個人情報が記録された資料を持ち歩くときは専用のカバンに入れて扱うことになっていますよね。そういうことを常にやって見せていると、その姿に誰かが気付くはずです。「市の職員はいつもこのカバンを持っているな、何だろう」と。そこから個人情報保護に取り組んでいることが伝わるわけです。隣の部屋に行くにも専用袋に入れて持って行く。そのように取り組みを「物理的に外に見せる」こと、そして「気付いてもらえるまでやり続ける」ことが大事です。市民の側からすると、自分の情報を大切にしてもらっているかどうかは、なかなかかたちで見ることは難しいですから。
それから、国家公務員の就業時間中におけるツイッターやフェイスブックなどの使用を禁止するという話がありますが、就業時間外に使われてしまったらそれでおしまいです。禁止するよりも、モラルを上げることに力を入れたほうがいいと思いますね。

橋本 改めて禁止することには不安を感じますし、我々地方からすると想定しづらい面もありますね。また、地方自治体の職員は住民の皆さんとじかに接点を持つ機会が圧倒的に多いですから、「見られている」意識は強いとも思っています。

小田部 最近はスマートフォンをお持ちの皆さんも多いでしょうから、窓口に来られた方が感じたことをツイッターなどですぐに発信できる状況にあります。そういうことも職員の皆さんは意識することが大事になってきました。

橋本 緊張感は持ってもらいたいと考えていますが、一方で「緊張しすぎて動きが取れない」状況にはならないようにしないといけません。そのためにも、何をどのように使えば良いのかを「きちんと知る」ことが大切だと思います。

 

情報活用のルールを確立し、災害に強い安心な街づくりを進めていく

橋本 ツイッターやフェイスブックを本当に正しく使える状況ができれば、市の情報も広報紙などで伝えるよりもはるかに速く浸透します。災害時などには、まさに生きてくると思います。

小田部 災害時の利用方法や利用する際のルールを決めておけばいいのですが、それをすることなく災害時に活用しようとしてもなかなか効果は出ません。
須賀川市もツイッターやフェイスブックのアカウントを持っていると思いますが、災害時にそれらのアカウントをどう使うかをしっかり決めておいて、「いざ」というときには全員がその使い方で市民の皆さんに対して情報を伝え、また市民の皆さんから情報を集められるようにする。そうすれば、災害の情報をピンポイントで知ることができますから、例えば罹災証明などを早く発行できる可能性も出てきます。その意味で、いろいろなカテゴリーに分けて使い方を決めておくといいかもしれません。

橋本 防災無線などの整備も進んでいるのですが、実際に台風で大雨が降ったときには、窓を閉め切っているわけですから、スピーカーによる広報が聞こえないこともあり得ます。「避難勧告が出なければ避難しない」というのでは困りますし、津波に限らず「こういう状況になれば、こう対処する」という判断を一人ひとりができるようにならなければと思います。
そのためにも、災害時にしっかりと情報提供をできる仕組みをつくっていくことが重要だと認識しており、携帯電話会社ともそうした災害情報についての協力体制を構築しています。

小田部 自治体の場合、災害時には「職員の安否確認」が非常に大事。最初に安否確認をすべきは、その後の対応を担う職員です。嵐の船に例えると、乗組員が何人戦力として動けるかを把握することが第一で、これをせずに何万人を救うことはできないのです。
いたずらに何万人の安否確認といって大騒ぎする前に、第一行動は、職員の何人が今稼働可能で、何人は今いる場所を離れることができない、といったことをカテゴリーごとに把握すること。そこにフェイスブックなども活用すればいいのではないでしょうか。

橋本 そういう仕組みづくりは大切ですね。災害が起こったときに、機能する組織であるためにはどんな準備が必要かをよく見極めなければなりません。

 

継続的な教育・研修活動を通じて実務を担う職員の意識を高めていく

橋本 研修に参加する職員たちは、緊張しながらお話を聞くことになると思いますが、あれはダメ、これはダメというのではなく、「情報は上手に使うべきもの」、そして「上手に使うためには何を大切にしなければならないか」がきちんと伝わればいいなと思います。これだけは繰り返していくしかないのです。

小田部 教えるほうが諦めるとダメですね。やめたら、「やっぱりその程度のものか」と思われますから。毎年毎年、同じことでも頑張ってやっていかないと浸透していきません。「情報を預かっている」という意識を職員が持ち、一人ひとりが行動化するように、市長もことあるごとに職員に投げ掛けをしていただきたいと思います。

橋本 行政の仕事は、情報をお預かりしないとできません。そして行政のためにその情報を使っているのではなく、市民の皆さんのために仕事をしているわけです。その認識を職員にしっかり持ってもらえるような研修にしたいですね。

小田部 職員の皆さん一人ひとりが「自分はどんな利益を還元するためにこの職場にいるのか」を考えながら、そのために「この情報を使うとどんな利益が還るか」を行動として繰り返していくことが大切です。そういうことを伝えられるよう、私も精一杯努力するつもりです。本日はありがとうございました。

 

プロフィール

福島県須賀川市長 橋本 克也 氏

【略歴】1963年4月15日生まれ。1995年、福島県議会議員に初当選。4期務めた後、2008年8月、須賀川市長に初当選。現在2期目。より安心で住みやすい街づくりを目指し、行政サービスの向上を図る施策を次々と打ち出しており、そうした取り組みはWebサイトなどを通じて市民に積極的に発信している。座右の銘は「温故知新」、趣味は映画鑑賞。

BBS情報セキュリティ研究所 所長 小田部 昭

【略歴】個人情報保護法が成立した2003年から、医療機関、自治体、学校・教育委員会などへの個人情報保護に関する研修やセミナー・講演を年間120回以上実施し、受講者は5万人を超える。特に「情報」を取り扱う「人」に着目し、教育を通じてその意識改革を促し、セキュリティポリシーの徹底を支援している。現在は、情報漏洩対策のエキスパートとして、クラウド環境やIT-BCPを踏まえた個人情報・機密情報の安心・安全な利用方法について啓発活動を行っている。

【須賀川市】

須賀川市(すかがわし)は、福島県に所在する市。
面積:279.55km² 人口:77,233人(2013年11月1日現在)
2011年3月11日に発生した東日本大震災で須賀川市は震度6強を観測。市役所庁舎も甚大な被害を受け、現在、仮設庁舎で市政を運営。

 
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