対談

EY新日本有限責任監査法人
理事長
松村 洋季氏

トラステッド・パートナーとして企業の健全性維持と成長に貢献し続ける

EY新日本有限責任監査法人
理事長
松村 洋季氏

企業経営を取り巻く環境は、各種制度の制定・改正やテクノロジーの進化などで大きく変化しています。こうしたなか、監査法人は、どのような役割を担い、クライアント企業の成長に貢献していくのか。2025年7月1日にEY新日本有限責任監査法人の理事長に就任された松村洋季氏をお招きし、当社代表取締役社長の小宮がお話を伺いました。

対談者様プロフィール

松村 洋季

1992年、太田昭和監査法人(現 EY 新日本有限責任監査法人)入所。2001年~2004年にEY London駐在。2016年よりEY 新日本有限責任監査法人 経営専務理事を務め、人材開発本部長、金融事業部長などを歴任。2025年7月、同法人 理事長に就任。

ステークホルダーに価値あるインサイトを提供し、
トラステッド・パートナーとして
成長を支援していく組織をめざす

小宮
理事長へのご就任、おめでとうございます。松村理事長とは、株主総会後の懇親会などでご一緒させていただき、素晴らしいお人柄にいつも感銘を受けています。また、新たな気付きをいただくことも多いことから、今回、お話を伺う場を設けさせていただきました。最初に、新理事長としての抱負や御法人のめざす姿について、お話をお聞かせください。
松村
私たちは今、「トラステッド・パートナー」というスローガンを掲げています。
小宮
「信頼されるパートナー」という意味ですね。
松村
そうです。このパートナーという言葉は、職階ではなく、“寄り添うこと”を意味するものです。ステークホルダーとの深い対話を通じて経営課題を把握し、私たちの持つセクターやグローバルのインサイトを提供することで成長を支え、何かあればいつでも相談していただける――そんな組織をめざしています。
小宮
人材開発部門のトップも務めていらっしゃいましたので、人の育成や組織づくりに関しては、熱い思いをお持ちだと思います。
松村
トラステッド・パートナーであり続けるためには、個々人が監査や会計、ITといった専門性を伸ばすことはもちろん、個性を幅広い領域で発揮できる環境づくりが大切です。こうした多様な人を育てて、活躍してもらうために、私は当法人を“出る杭を伸ばす組織”にしたいと考えています。ステークホルダーの期待を超える、価値あるインサイトを提供できるような人財育成と組織づくりが、私の役割だと認識しています。
小宮
素晴らしいリーダーシップ哲学を伺うことができました。人財育成に関しては、当社も会計とともにITの専門性を伸ばすことを基本方針にしており、この能力を最大限に活かして、お客様の課題解決に貢献していきたいと思っています。

国際基準対応を含む豊富な知見を活かして
新リース会計基準への対応を支援

小宮
2027年4月から新リース会計基準の強制適用が開始されることとなり、多くの企業が対応を進めています。御法人にもさまざまな相談が寄せられていると思いますが、その内容をお聞かせいただくことはできますか。
松村
新リース会計基準は、より経営の実態を表す意義のある制度だと思っています。ご相談で多いのは、新基準を踏まえた取引の識別と、その内容を会計処理にどのように落とし込むかという点です。また、今回の改正は経営指標の設定に影響を与える可能性があるため、経営層とのコミュニケーションでは事業のあり方に話が及ぶこともあります。
小宮
新基準に向けた取り組みは、現在どのような状況にあるのでしょうか。
松村
事業や業務への影響度によって、対応レベルは多岐にわたります。影響が大きいと判断し、すでにシステム対応を進めている企業もあれば、そのように判断していない企業は情報収集や検討に時間をかけようとしているようです。また、同業他社の動向を注視し、業界全体の経験値が蓄積されるのを待って具体的な対策に着手しようと考えている企業も見受けられます。
小宮
内容が複雑で、業種によって影響度が異なるため、監査の知見を活かしたハイレベルなアドバイスが求められているのではないでしょうか。
松村
新リース会計基準の導入は単なる会計上の対応にとどまらず、複数の部署やグループ会社を巻き込んだ全社的な構造改革ともいえるプロジェクトになる傾向があります。私たちは、先行事例である国際基準への対応で蓄積してきた知見を積極的に提供しています。ただし、監査の独立性の観点から、システム対応などの実務支援に携わることはできません。
小宮
まさにそこが、当社の役割だと思っています。お客様と監査法人の“橋渡し役”となり、監査法人のアドバイスの意図を理解してお客様との調整を具体的に進め、実務レベルの取り組みや情報システムの整備・改修をサポートするのが当社の特長です。監査法人と役割をうまく分担して、企業の健全な成長を支援する機会を、ぜひ増やしていければと考えています。
松村
我々の考えも同様です。それぞれの特長・役割を存分に発揮して、クライアントの制度対応に貢献していきたいですね。

10年以上の先駆的AI研究を通じて、
監査・アドバイザリー業務の革新を推進

小宮
会計監査でも、AIの活用が注目されています。デジタル技術に対する取り組みについてお聞かせいただけますか。
松村
当法人は、長年にわたりデジタル技術の導入と活用に取り組んできました。AIの有用性にも早くから着目し、約10年にわたって研究と実践を続けてきました。
小宮
10年というのは長いですね。大手監査法人のなかでも、かなり先行していたのではないでしょうか。
松村
はい、日本では先行していたと考えています。また、EYの各国組織を見ても、一部の領域では日本が先行しているケースもあり、EY全体の共通ツールに採用されたものもあります。
小宮
素晴らしいですね。
松村
この取り組みが今、成熟期を迎えています。監査ツールとしての異常値分析に加え、金融業界のクライアントに対しては、AIを活用することで融資先債権の格付けに関するアドバイスを行う取り組みも始まっています。
小宮
当社でも、システム開発のプロセスなどに生成AIを活用して業務の効率化や見える化を図るなど、着々と成果が生まれています。今後は、企業規模や業種・業態を問わず、さらにデジタル技術や情報システムの活用が進んでいくと思いますが、業務の効率や品質を高めるために、これからの企業にはどのようなことが必要になるとお考えでしょうか。
松村
一つは、データガバナンスの整備ですね。例えば、グローバル企業では、事業拠点やグループ会社ごとに別々のERPが使用されていることも少なくありません。これがグループ全体で統一されると、財務会計業務が効率化されますし、私たちとしても監査の過程で得られた情報をクライアントにとって役に立つインサイトとして提供できると考えています。
小宮
AIガバナンスについては、いかがでしょうか。
松村
AIガバナンスの必要性に対するクライアントの認識は着実に高まっており、グローバルスタンダードを踏まえて、AIガバナンスの強化に向けたアドバイスを行う案件も出てきています。
小宮
こうした技術が進歩するなかで、当社が重視しているのは、“人間ならではの価値提供”です。要件によってはプログラム開発もAIで行えますが、人間にしかできない重要なプロセスが数多くあると感じています。
松村
私たちの業務でも、監査調書の作成にAI活用を始めています。大量データを一度に読み込んで処理することで、業務の補助や効率化は期待できるものの、内容を人間が確認する工程は、まだまだ欠かせません。今後、AI活用の領域が拡大する一方で、人間ならではの能力が求められる領域は確実に存在し続けるはずです。AIと人間が、それぞれ得意とする役割を担って協働することが、あらゆる業務で求められると考えています。

社会の期待に応える
効果的な非財務情報開示の実現に向けて

小宮
近年、企業にとって非財務情報の開示は、ますます重要になっています。これに対する動きをどのように見ていらっしゃいますか。
松村
非財務情報開示の成熟度は、第三者保証を受けることも含めて確実に高まっています。これは、企業が将来にわたって社会とともに歩み、持続的に価値を創造できるかどうかが評価されるようになっていることを意味しており、情報開示の制度化も進んでいます。
小宮
多くの企業は、他社がどのような形で情報を開示するのか、大きな関心を持っています。こうした状況を考えると、数多くの企業情報に触れ、理解している監査法人が、その知見を活かして有効なアウトプットを示すこともできるのではないでしょうか。
松村
そうですね。情報の検証を行うのが監査法人の役割ですが、企業全体を評価するという観点からすると、サプライチェーンを含めた検証も迫られてくると思います。まさにトラステッド・パートナーとして、企業の期待を上回るインサイトを提供していくことが重要だと考えています。
小宮
非財務情報に関しては、当社もサービスの拡充に努めています。ここで強みになっているのは、当社自身が東証プライム上場企業としてサステナビリティ関連財務情報の開示などのレギュレーション対応に取り組んでいることです。その経験に基づいて有効なプロセスを提案し、具体策への落とし込みを進めています。
松村
それはお客様にとって、大きな魅力になりますね。
小宮
ありがとうございます。現在、多くの企業は財務情報と非財務情報を異なるプラットフォームで収集していますが、これは非効率ですし、効果的な情報分析・開示が難しくなります。そこで、これらの情報基盤をミックスした形で対応することを提案しています。
松村
当法人としては、これまで蓄積してきた知見を活かし、情報開示におけるルールやレギュレーションの策定に貢献することが重要な役割であると認識しています。幅広い海外ネットワークも有効に活用し、海外の動向を含む社会の要請や日本の実情を踏まえて、非財務情報開示の制度設計に寄与できればと考えています。
小宮
会計監査を取り巻く制度やテクノロジーが大きく変化するなか、改めて監査法人の果たす役割について伺うことができ、とても有意義な機会となりました。御法人とは、引き続き的確な役割分担を行い、ともにより良い社会の構築に貢献していきたいと思います。本日は、貴重なお話を数多くお聞かせいただき、ありがとうございました。新理事長としてのご活躍を祈念しております。