サステナビリティ情報開示:SSBJハンドブックの概要と実務上の影響(2025年8月)―気候関連シナリオ分析のアプローチ―

本コラムの要点

  • シナリオ分析のアプローチは「合理的で裏付け可能な情報」に基づき、自社の状況に応じて選定する
  • IEA、IPCC等のシナリオは、実務上、低コストで利用可能な代表例として広く参照される
  • 両極のシナリオを用いた簡易的な分析は、ベースラインとして位置付けて検討することが有用である

はじめに

2025年8月29日にSSBJ事務局より公表されたSSBJハンドブック「気候レジリエンス(3)気候関連のシナリオ分析に対して用いるアプローチ」(以下、本ハンドブック)について、本稿ではその概要と実務影響を解説します。

1.文書の概要

気候関連開示基準では、企業は気候関連のシナリオ分析において、自社の状況に見合ったアプローチを採用することが求められています。また、当該アプローチは「合理的で裏付け可能な情報」を考慮したものである必要があります(気候関連開示基準 第34項、第35項)。本ハンドブックは、こうしたアプローチの選定にあたって考慮すべき事項を整理したものであり、他のSSBJハンドブックと併せて、実務に有用な補足的指針を提供しています。

2.実務影響

(1)合理的で裏付け可能な情報を考慮することができるアプローチ

本ハンドブックによると「合理的で裏付け可能な情報を考慮したアプローチ」とは、以下の選択の際に「合理的で裏付け可能な情報」を考慮したものとされています。

  • シナリオ分析に用いるインプットの選択(例:使用するシナリオ)
  • シナリオ分析の実施方法に関する分析上の選択(例:定性的/定量的、簡易/高度)

この点、「合理的で裏付け可能な情報」とは、「報告期間の末日において、企業が過大なコストや労力をかけずに利用可能な情報」と定義されています(適用基準 第4項(8))。「過大なコストや労力」とは企業の能力及び資源の状況に依存する概念であり、各企業の置かれた状況に応じた判断がなされます。当該定義を踏まえると、企業が採用するシナリオ分析のアプローチには、少なくとも次のような性質が求められると考えられます。

A) 自社の状況に照らして過大なコストや労力をともなわずに利用可能なシナリオが用いられていること
B) 自社の能力及び資源の範囲内で実施可能な水準の分析手法が採用されていること

ここで、重要な留意点として、上記のA)と気候関連開示基準 A13項の規定との関係に目を向ける必要があります。

権威ある情報源から一般に利用可能な気候関連シナリオであり、将来のトレンド及び様々なもっともらしい結果への経路を示すものは、過大なコストや労力をかけずに利用可能とみなされる(気候関連開示基準 A13項)

上記の規定について、SSBJ基準は具体例を明示していませんが、他のハンドブック(気候レジリエンス(2)気候関連のシナリオ分析)の記載を踏まえると、例えば、次のようなシナリオは、実務上、広く参照される代表例と考えられます。

IEA(国際エネルギー機関)
NZE:Net Zero Emissions by 2050 Scenario
STEPS:Stated Policies Scenario
APS:Announced Pledges Scenario
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)
SSP1-1.9 シナリオ
SSP1-2.6 シナリオ
SSP2-4.5 シナリオ
SSP3-7.0 シナリオ
SSP5-8.5 シナリオ

したがって、他に自社に適するシナリオが存在しない場合、実務上は上記のシナリオを用いることが適切か否かを判断することになると考えられます。

(2)企業の状況に見合ったアプローチ

SSBJ基準は、すべての企業に高度な定量分析を求めているわけではなく、以下の観点に応じた適切な水準の分析の実施を要求しています(気候関連開示基準 第36項)。

  • 気候関連のリスク及び機会に対する企業のエクスポージャー(気候関連のリスク及び機会の程度)
  • 気候関連のシナリオ分析のために企業が利用可能なスキル、能力及び資源

例えば、リスク及び機会の影響が大きく、かつ、資源が十分な企業においては、複数のシナリオを用いた定量的モデリングの実施が期待されるかもしれません。一方で、影響が限定的で資源が限られた企業においては、主要な製品や事業のみに焦点を当てた定性的分析で十分とされるかもしれません。もっとも、少なくとも、IEAやIPCCのシナリオは比較的低コストで利用可能なシナリオと推定されることから、実務上は次のような両極のシナリオを用いた分析が企業の検討のベースラインになり得ると考えられます。

  • 1.5℃/2℃シナリオ
  • 4℃シナリオ

ゆえに、企業は実務上想定される一定の水準(ベースライン)を意識しつつ、自社の分析が企業の状況に照らして過不足がないかどうかを評価しなければなりません。

おわりに

SSBJ基準は気候関連のシナリオ分析にあたり過大なコストや労力を要求するものではありません。しかしながら、実務においては、業界特性や開示の進展に応じて一定の水準(最低限のベースライン)が形成されていくことが想定されます。そのため、開示担当者には、自社の分析や開示が当該水準に照らして適切なものとなっているかという視点から、継続的に見直しを行うことが求められます。

※当コラムの内容は私見であり、BBSの公式見解ではありません。