人事制度構築支援
近年、SNSを中心に「残業キャンセル界隈」という言葉を目にする機会が増えています。定時で退勤することを当然とし、残業を拒む立場を示すスラング的な表現です。背景には、日本企業に根強く残る「長時間労働=美徳」「上司が帰るまでは帰れない」といった文化への反発があります。しかし、この界隈に集まる声には、耳を傾けるべき正当な主張と、安易な自由志向に基づく他責の姿勢とが混在しています。人事部門としては、この二面性をどう受け止め、制度に反映させるかが問われています。
まず、正当性のある主張です。ネット上では「上司が帰るまで部下は帰れないというルールは理不尽だ」「成果ではなく滞在時間で評価されるのは間違っている」「残業前提の業務設計はマネジメントの怠慢だ」といった声が見られます。こうした意見は働き方改革や健康確保、採用力強化の観点からも合理的であり、企業が是正すべき古い慣習を浮き彫りにするものです。人事部門としても、耳を塞ぐのではなく改善につなげるべき建設的な指摘といえるでしょう。
一方で、危うい発想も存在します。典型的なのは「仕事は生活費を得るための最低限の範囲で良く、自由=私生活の充実こそが第一」という考え方や、「やるべき仕事が時間内に終わらなくても帰る=時間内に終わるように指示・フォローしない上司や会社が全部悪い」という他責的な姿勢です。確かに私生活の充実は重要ですが、仕事を単なる糧の手段と見なして成長や付加価値創出を放棄したり、全責任を外部に押し付けたりする姿勢は、個人にとっても組織にとっても長期的にリスクをともないます。主体性や責任感を欠いた人材は、自らキャリアを切り開く力を持てず、変化の速い環境では容易に埋没してしまうからです。
「自由に働きたい」「私生活を大切にしたい」という欲求は自然であり尊重されるべきものです。しかしそれを真に享受するには、他者に代替されない付加価値を生み出し、責任を持って成果を出す力が欠かせません。その力は学習・経験・挑戦の積み重ねを通じて培われるものであり、努力をともなわずに自由だけを求める発想は甘い幻想に過ぎません。
この現実を踏まえると、人事制度は「受け身や他責ではなく、自分で考え、責任を果たし、付加価値を高めながらキャリアを切り開く人財」を育てる仕組みとして機能する必要があります。等級制度においては、上位に進むほど主体的な課題発見や改善提案、自律的な成果創出を等級の要件とし、組織が期待する人財像を明確に示すことが重要です。評価制度においては、成果だけでなく「他責にせず行動する」「困難に立ち向かう」「工夫し付加価値を高める」といった行動プロセスを正当に評価し、安易な自由志向や他責思考を改めさせる契機とすべきでしょう。そして研修では、若手の段階から「自由には責任がともなう」「キャリアは自分で築くもの」という価値観を繰り返し伝え、行動に結び付けていくことが欠かせません。
残業キャンセル界隈の議論は、旧来の労働文化を見直す健全な声を含みつつ、仕事を「生活費を得る手段」と見なし自由だけを求める安易な発想もはらんでいます。人事部門の使命は、この二面性を見極め、前者には制度改善で応え、後者には「自由の裏には責任と努力がある」という現実を明確に突き付けることにあります。主体的に付加価値を高める人財こそが、自由とキャリアを同時に手にできる。人事制度は、その未来を左右する経営の根幹なのです。