第3章 「予備調査」だけでも早く取り組もう 収益認識基準の導入に備えた準備はこう進める

【本章の構成】
新基準が公表されて4ヶ月が経過したが、3月決算会社においては、新基準適用に向けての検討を開始し始めている企業も多いのではないかと思われる。第3章では新基準を適用するにあたってどのように作業を進めていくのかの説明を行い、あわせてこれから検討を開始するとした場合の想定作業スケジュールと導入作業を進めるにあたっての留意事項について説明したい。

○導入作業の進め方

新基準の導入作業は、IFRSを新規に導入する際の進め方と大きな差はないので、次のような進め方になる。

予備調査
ギャップ分析
対応方針の決定
導入
移行リハーサル
定着化

以降は順に各作業の目的、手続概要や作業を進めるうえでのポイントを説明してみたい。

(1) 予備調査の進め方

予備調査は、新基準を適用した場合に、業務・ITシステムに重大な影響が発生するか否かを短期間に把握するフェーズである。
事前検討が必要と思われる重要性がある関係会社、事業、収益取引の現状把握の後、新基準適用の影響を受ける領域を想定する。そして考えられる影響内容を概括的に把握し、加えて収益計上処理に関連する対象ITシステムを想定する。最後に新基準適用に必要となる概算コストの算定と緊急対応事項をまとめ、新基準対応を本格的に推進するリソースを確保するための経営者への了承を得ることになる。

この段階でも影響内容を把握する作業を行うことになるため、新基準の理解はある程度必要となるが、この後のギャップ分析や対応方針の決定という作業を進めるうえでは、しっかりとした新基準の理解が必要になるはずである。そのためこの段階で経理部担当者を中心とした勉強会等を実施し、新基準の理解を深める期間とするのもよいと考える。

(2) ギャップ分析の進め方

ギャップ分析は、各収益取引に新基準を適用するうえで発生する業務・ITシステムに与える問題点を浮彫りにするフェーズである。作業は大きく①現行の収益認識処理調査、②新会計方針仮説の設定とギャップ抽出の2つに分けられる。

  • 現行の収益認識処理調査は、取引形態別に現行の収益計上業務を調査することである。現行の契約内容を確認して、収益認識時点や変動対価要素の有無等を確認する。
  • 新会計方針仮説の設定とギャップ抽出は、現行の収益取引について、新基準の5つのステップに従い、収益計上の単位、収益計上総額、収益認識の形式を特定し、新基準での新会計方針仮説を設定することである。現行処理と新会計方針仮説を比較し、ギャップを明らかにする。

この作業においては、財務会計への適用を中心にして確認作業を進める。ギャップ分析は、親会社内で先行検討し関係会社に展開する方法もあるが、大きな影響が見込まれる会社、親会社とは異なる業種で収益に大きな割合を占める会社とは、一緒に検討を進めていくことが有効だと考えられる。

(3) 対応方針の決定の進め方

対応方針の決定は、浮彫りになった問題点に対して、その原因を調査し、課題解決の対応方針を検討するフェーズである。作業は大きく①対応範囲の方針決定、②業務・ITシステム対応の方針決定、③実施計画の立案の3つに分けられる。このフェーズより財務会計だけでなく、予算管理も考慮した進め方が必要になってくる。進め方的には財務会計対応を優先的に進めながら、あわせて予算管理対応も検討するイメージになると考えられる。

  • 対応範囲の方針決定は、ギャップに対する取組方針を明確にすることである。取引の特性や重要性の程度等に応じ、現行処理を変更する取引と現行処理を継続する取引を識別して、新会計方針を決定する。あわせてこのタイミングで予算管理を運用するうえで使用する収益数値の取扱いについても決定する。
  • 業務・ITシステム対応の方針決定は、新基準による収益計上、開示情報収集および予算管理に必要な業務運用方針とITシステム支援内容を検討・決定することである。
  • 実施計画の立案は、業務・ITシステム対応の方針決定を受けて、新基準適用日までに業務・ITシステムを変更して適切に移行できるよう、実施計画に落とし込むことである。

財務会計的には、新基準は実務上の負担等に配慮し、財務諸表間の比較可能性を大きく損なわせない範囲で代替的な取扱いを定めているので、影響のない範囲で割切りを行うことがポイントだと考える。そのため会計監査人とのタイムリーな意見交換を行うことが重要となる。

予算管理的には第2章で記述したように、現行と同じ運用を前提に適用する方針か、それとも従来よりも予算管理を重視する改善を行い適用する方針かを決めるのが重要である。ただ後者の場合に、財務会計への適用作業とは別スケジュールで進めることも可能だと思われるので、導入コストを考慮して方針決定することが必要だと考えられる。

(4) 導入の進め方

導入は、対応方針で決定した方針に基づき、業務運用変更・ITシステム変更を行うフェーズである。作業は大きく①新業務構築、②新ITシステム開発、③チェンジマネジメント活動の3つに分けられる。

  • 新業務構築は、先に決定した業務方針に合わせて業務運用が実現できるように、社内にある各種文書に新業務方針の内容を反映することである。具体的には新グループ会計処理基準の策定、J-SOX関連文書の作成・更新、業務関連規程・マニュアルの作成・更新という形で作業を進めることになる。
  • 新ITシステム開発は、先に決定したシステム方針に合わせてITシステムの新規導入・改修を行うことである。ITシステムを大規模に開発・改修するとなると最低1年ぐらいは期間が必要となるため、予定どおりITシステム開発が進むようにしっかりとプロジェクト管理を行いながら進めることになる。
  • チェンジマネジメント活動は、新基準に関係する全社員の教育(意識改革)活動である。財務会計や予算管理につなげる収益数字を作成するのは現場関係者である。その人たちに新基準に適合した業務運用をきちんと行ってもらうには、文書だけ作成して展開するだけではなく、新基準の正しい理解をしてもらうことが必須である。しかし新基準の内容は(非常に)難しいので、外部の会計専門家等を活用して新基準内容を教育してもらうことも検討すべきである。

(5) 移行リハーサルの進め方

移行リハーサルは、想定した業務・ITシステムが機能するかのリハーサルを実施するフェーズである。作業は大きく①切替え手順の決定、②リハーサル計画の立案、③リハーサルの実施の3つに分けられる。このフェーズは予算管理の切替え作業が重要であると思われるため、その内容を中心に説明する。

  • 切替え手順の決定は、最初に新基準に従った予算を作成するときにどのような情報からどのような手順によって作成準備するかを決定することである。新基準への切替え時には、従来の会計基準に基づく実績・予算数値を参考に新基準の予算数値を作成することが考えられるため、その手順を検討することになる。
  • リハーサル計画立案は、そのリハーサルをいつ、どのような形で実施するかを計画し、リハーサルに協力してもらう関係者への依頼を行うことである。最初の予算編成業務が問題なく実施できるようにするためにリハーサルを実施することが必要となる。リハーサルは最低1回行う必要があるが、できれば2回以上は実施するよう計画すべきである。また関係者も可能な限り通常運用と同じ範囲にすることが望ましいが、重要な影響が発生する関係者のみに絞って実施することも可能であると考えられる。
  • リハーサルの実施は、先に策定した計画に従ったリハーサルを実施することである。リハーサルの実施結果は情報をきちんと収集し、運用上の課題をきちんと把握し、迅速に解決策を講じ対処することが重要である。

予算管理における移行リハーサルは、新基準切替え時における前年度比較数値の準備につながることになるので、リハーサルを行うことは重要である。

(6) 定着化の進め方

定着化は、新たなしくみを浸透させ、改善方針で決定した方向性に実際の業務がなっているかの成果を見届けるフェーズである。
業務切替え直後はさまざまな要因により課題が多く発生するため、業務・ITシステムとも当初の目標達成ができていないことが通常である。そのため発生した課題を迅速に把握し、手厚い対応が施せるような体制を準備し、必要な対応策を講ずることが重要だと考える。

また課題への対応だけでなく、現場の声も適切に収集し、より効率的な業務運用が実現できるような改善テーマを抽出し、継続的な改善を進めていくことも重要である。

○想定作業スケジュール

図表7は3月決算会社がこれから導入に向けての作業を開始する場合の作業スケジュール案である。

(図表7)3月決算会社の導入作業スケジュール案

予算管理関連のスケジュールをみるポイントとしては次のとおりである。

  • 2020年度末の決算短信で報告する2021年度業績予想数値に対応できるように準備すべき
  • 予算編成作業に平均2~4カ月要すると想定すると、2020年度3Qまでに予算管理に関する新業務運用の構築を完了すべき
  • 新業務の切替えをスムーズに進めるためにも、必要最低限なリハーサル作業は実施する期間を設けるべき
  • ギャップ分析および対応方針の決定は、導入作業以降の対応リソースを確保するための予算取りをするため、年度予算策定作業が開始する2019年度3Qまで完了すべき
  • 新基準適用までの対応リソースを確保するための予算取りをするため、年度予算策定作業が開始する2018年度3Qまでに大まかな影響分析を完了すべき

○導入作業を進める際の留意事項

新基準に基づく対応方針の検討では、全収益取引パターンの整理と、各契約内容を踏まえた財またはサービスの移転の実態の把握が必要である。契約内容や実態の把握は経理部門単独では限界があり、販売部門などの現場部門、情報システム部門等の全社の協力が必要である。そのため、新基準導入作業は決して経理部門だけに関係する作業にはならない。

また日本基準の連結財務諸表を作成する会社が対象のため、その国内・海外関係会社も新基準変更の影響を受けることになる。そのため、この機会にグループ業績の透明化やガバナンス向上を図り、グループ全体で管理手法を統一できるように歩調を合わせることが重要である。
それゆえ、新基準導入作業を進めるうえで重要な留意点としては、導入作業に関わる自社および国内・海外関係会社の関係者としっかりとしたコミュニケーションができる体制およびしくみを構築することである。

筆者が過去に支援した経験から感じたポイントとしてまず挙げたいのが、関係者と直接会話する機会を多く作ることである。電子メールによって連絡や文書共有が時間や地理的な距離を越えて容易にできるようになったが、やはり担当者間で直接会話することが一番意思疎通を図れる手段だと考える。対面で行えれば最良だが、最近はお互いの顔を見ながら話せるインターネット電話やTV会議システムが手軽に使えるようになっているので、これらのツールを積極的に利用し、国内だけでなく海外関係者とも直接顔を合わせて対話する機会を増やすことが重要である。

次に挙げたいのはたとえば地域や事業別に推進統括組織を作って活動することである。親会社の経理関係者だけで管理できる関係会社数であればよいが、そうでなければ推進統括組織を作って活動を分散することが必要だと思う。特に海外関係会社への対応においては、各国の会計制度や税制度、言語、慣習、時差等の違いから、日本で適切に対応することが難しい場合が多いので、地域別の推進統括組織で手厚く支援できるようにすることが有用である。

最後に挙げたいのは検討経緯の文書化および業務変更に対する理由の明確化である。特に海外関係会社へ業務変更を求めると必ずといっていいほど「なぜ?」と聞かれるはずである。今までよりも業務が複雑になり面倒になるのであればなおさらである。新基準の導入にあたっては「日本の法定要件」という強固な理由があるが、対応方針を決定するなかで常に「なぜ」このような決定にするのかを意識して検討し、検討結果については経緯・理由を明確に文書化しておくことが重要である。

<本章のまとめ>
本誌が発刊される8月10日においては、3月決算会社の場合は新基準適用開始まで残り2年7カ月となっている。新基準の変更は、売上高という企業の基本的な活動に関わる基準の変更であるし、前述したように予算管理への影響を十分に考慮する必要がある。また連結グループ全体で対応する必要があり、検討範囲は大きなものになる可能性がある。
仮に本格的な業務・ITシステム改善が必要となった場合には、思いのほか残り時間は少ない。少なくともどのくらいの規模感で対応活動を行う必要があるのかを判定する予備調査は早期に取り組むことが重要である。