サステナビリティ情報開示:SSBJハンドブックの概要と実務上の影響(2025年4月)

はじめに

2025年4月30日にサステナビリティ基準審議会(SSBJ)は、我が国のサステナビリティ開示基準(以下、SSBJ基準と表記)の適用にあたっての関連情報として6つの「SSBJハンドブック」を公表しました。SSBJハンドブックは2025年3月31日にすでに11の文書(【表1】)が公表されており、2025年4月30日時点でSSBJハンドブックは【表2】を加えた17の文書により構成されることとなりました。これらは企業がSSBJ基準を適用するにあたり生じる疑問の解消に役立つ反面、サステナビリティ関連財務開示の担当者がSSBJハンドブックの内容やSSBJ基準との関係を理解しておかなければ正確かつ効率的な運用はできません。
そこで、今回は、新たに公表された6つのSSBJハンドブックがSSBJ基準のいずれの規定に対応しているのか、および、各文書の概要と実務上の影響を解説します。

【表1】

SSBJハンドブック公表日
SSBJ基準用語集2025年3月31日
2024年3月公開草案からの主な変更点
報告企業としてサステナビリティ関連財務情報を収集する範囲
追加的な情報
バリュー・チェーンの範囲の決定
連結財務諸表に含まれる子会社の財務情報の報告期間と報告企業のサステナビリティ関連財務開示の報告期間が異なる場合
法令に基づき報告する指標の算定期間がサステナビリティ関連財務開示の報告期間と異なる場合
期間調整を行う場合の合理的な方法の例
サステナビリティ関連財務開示の公表承認日
日本基準で財務諸表を作成する場合の後発事象と財務情報のつながり
スコープ3温室効果ガス排出の報告と重要性
(参考)2025年3月に公開されたSSBJハンドブックについてはリンク先のコラムをご参照ください。
サステナビリティ情報開示:SSBJハンドブックの概要と実務上の影響

【表2】

SSBJハンドブック公表日
サステナビリティ開示基準で要求する情報の相互参照が認められる場合2025年4月30日
当報告期間中に企業結合が生じた場合のサステナビリティ関連財務情報の開示
財務的影響の開示の対象となるサステナビリティ関連のリスク及び機会
財務的影響の開示と財務諸表との関係
財務的影響に関する定量的情報の開示が免除される場合
地球温暖化係数

SSBJハンドブックの概要

⑫ サステナビリティ開示基準で要求する情報の相互参照が認められる場合
適用基準第17項、第18項、第62項、第64項、第67項、第71項、BC33項、BC125項

[概要]

サステナビリティ関連財務開示を作成するにあたり相互参照を行う場合の要件と例示、および、相互参照先の情報の更新について示しています。

[実務上の影響]

開示書類の種類に応じて以下のように相互参照の要件を満たすか否かの判断が必要です。

(財務諸表)

関連する財務諸表は適用基準 第62項および第67項より条件を満たす

➡ 適用基準 第62項および第67項の「ただし書き」に該当する場合には以下に記載する「上記以外」の判断を行う必要があると考えられます。

(上記以外)

次の要件を満たすことが必要

  • サステナビリティ関連財務開示の公表以前に公表されていること

    ➡ 相互参照元のサステナビリティ関連財務開示が公表されている期間を通じて、会社Webサイトなどに継続して公表されていること(途中で公表を停止しないこと)が必要と考えられます。

  • 適用基準 第71項(修正後発事象に準ずる状況)に該当した場合には相互参照先の情報の更新も検討すること

    ➡ 相互参照先の情報を更新しなくともサステナビリティ関連財務開示との間に齟齬が生じない場合には更新は不要となると考えられます。

  • 相互参照先の公表日後に当該参照先のみを更新することにより相互参照元との間に齟齬が生じないこと
⑬ 当報告期間中に企業結合が生じた場合のサステナビリティ関連財務情報の開示
適用基準第5項、第68項、第71項、第74項、第75項、第83項、第84項、BC164項

[概要]

報告期間中に企業結合が生じた場合の取り扱いを当報告期間および翌報告期間(比較情報)の双方の観点から示しています。

[実務上の影響]

当報告期間および翌報告期間の別に以下のような対応を行うことが必要となります。

(当報告期間)

企業結合日から報告期間末日までのサステナビリティ関連財務情報に基づいて、当該子会社のサステナビリティ関連のリスク及び機会に関する情報をサステナビリティ関連財務開示に含める。ただし、収集プロセスの未整備などにより上記情報の全部または一部を適時に入手することが困難な場合には公表承認日までに入手可能な情報に基づき最善の見積りを行い、必要な場合には不確実性にかかる開示を行う。

(翌報告期間)

比較情報(上記の当報告期間)に含めるべき情報を追加的に入手した場合には、当該情報を反映することで比較情報の数値を更新するとともに更新前後の差異や更新理由などの開示を行う。

➡ 上記は比較情報の更新にかかるものであるため、実際の開示実務でどのように扱うのかは対応する開示規則および制度の動向や定めを注視する必要があると考えられます。

⑭ 財務的影響の開示の対象となるサステナビリティ関連のリスク及び機会
ユニバーサル基準第4項(6)、第36項
一般基準第12項(3)、第16項
気候関連開示基準第14項(3)、第21項

[概要]

現在および予想される財務的影響の開示の対象となるサステナビリティ関連のリスク及び機会の範囲の明確化がなされています。

[実務上の影響]

財務的影響を開示すべき対象はすべてのサステナビリティ関連のリスク及び機会ではなく、適用基準により識別された「企業の見通しに影響を与えると合理的に見込み得るサステナビリティ関連のリスク及び機会」となります。言い換えると、適用基準により識別された上記のリスク及び機会については財務的影響を開示しなければならないため、企業の識別した当該リスク及び機会への正確かつ網羅的な対応が必要となります。

⑮ 財務的影響の開示と財務諸表との関係
一般基準第16項~第18項、BC36項、BC37項、BC39項、BC47項
気候関連開示基準第21項~第23項

[概要]

財務的影響と財務諸表との関係を説明しており、とくに、予想される財務的影響については以下の理由から当報告期間の財務諸表との関係が限定的であることを示しています。

当報告期間の財務諸表を作成するにあたり用いるデータおよび仮定よりも長い期間にわたってより幅広いデータおよび仮定を用いる可能性がある

[実務上の影響]

適用基準 第30項において、サステナビリティ関連財務開示を作成するにあたり使用するデータおよび仮定は可能な限り関連する財務諸表の作成に用いるデータおよび仮定と整合させることが規定されていますが、予想される財務的影響の作成に使用するデータおよび仮定にはその性質から整合性を満たさないものがあると考えられます。ゆえに、当該開示情報の作成にあたっては財務報告に関連する業務プロセスおよび内部統制以外の範囲からデータおよび仮定を収集しなければならない可能性があるため、データおよび仮定の正確性と網羅性をどのように担保するのかを慎重に検討する必要があります。

⑯ 財務的影響に関する定量的情報の開示が免除される場合
一般開示基準第17項、第20項、第22項、BC45項、BC47項、BC48項
気候関連開示基準第22項、第25項、第27項

[概要]

一般基準 第20項および気候関連開示基準 第25項に定められている財務的影響にかかる定量的情報の免除規定を適用するにあたっての判断基準や解釈が示されています。

[実務上の影響]

当文書によると、一般基準 第20項および気候関連開示基準 第25項の定めにおいて使用されている「区分して識別」および「測定の不確実性」の解釈を以下のように考えることができます。

(区分して識別)

本概念の参考として企業会計基準 第29号「収益認識に関する会計基準」が示されています。これは企業会計基準適用指針 第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」の第6項(区分して識別される財又はサービスを顧客に移転する約束)などを参考として解釈することを意味するため、SSBJ基準における財務的影響の判断の際にも例えば「相互依存性や相互関連性」を考慮することが考えられます。

(測定の不確実性)

本概念の参考として国際会計基準審議会(IASB)の「財務報告に関する概念フレームワーク」が示されています。具体的には財務報告書における貨幣金額が直接には観察できず、その代わりに見積らなければならない場合に生じる不確実性とされていますが、実質的には財務諸表の作成における会計上の見積りの判断と大きく変わらないものと考えられます。

上記のとおり、サステナビリティ関連財務開示の作成には財務諸表作成上の解釈も関係するため、サステナビリティ関連財務開示の作成担当者と経理担当者の連携を可能とする仕組みが必要です。

⑰ 地球温暖化係数
気候関連開示基準第6項(7)、第47項、第49項、第65項~第68項、B5項、BC170項

[概要]

温室効果ガス排出量の算定にあたり使用する地球温暖化係数(GWP)の取り扱いついて判断基準を示すとともに2025年4月28日に公表されたIFRS S2号の修正案について説明されています。

(参考)IFRS S2号の修正案についてはリンク先のコラムをご参照ください。
サステナビリティ情報開示:開示基準の最新動向(2025年3月)

[実務上の影響]

当該文書によると、直接測定の場合およびCO2相当量換算前の排出係数を使用する間接測定の場合には報告期間の末日において利用可能なIPCC評価における100年の時間軸に基づくGWPを用いることとされています。一方、CO2相当量換算後の排出係数を使用する間接測定の場合には再計算は要求されないことが明確化されています。

(参考)直接測定および間接測定についてはリンク先のコラムをご参照ください。
サステナビリティ情報開示:温室効果ガス排出量の測定の基礎データを特定する際の留意点

なお、温室効果ガス排出量の算定・報告・公表制度(温対法)に基づき測定した温室効果ガス排出量を用いる場合などGHGプロトコル以外の測定方法を用いる際のGWPが前述と異なる時は、直接測定に限り再計算が要求されると記載されています。しかしながら、IFRS S2号の修正が行われた場合、SSBJ基準にも同様の修正がなされることが想定されるため、将来的には再計算が不要となると考えられます。

おわりに

2025年3月5日にSSBJ基準が公表されてから約2カ月の間に補足文書およびSSBJハンドブックが立て続けに公表されており、SSBJ基準を取り巻く環境は目まぐるしい変化のなかにあります。このような状況のなかでサステナビリティ関連財務開示の担当者には情報の適時適切なアップデートが望まれますが、日常業務と並行しての最新情報のキャッチアップには困難が生じる場合もあるかもしれません。この点、BBSにはサステナビリティ開示分析のプロジェクトを経験した公認会計士が在籍し、プライム上場企業として培った有価証券報告書(「サステナビリティに関する考え方及び取組」)の作成に関するナレッジもあります。サステナビリティ開示担当者への研修や企業向けのサステナビリティ開示基準の勉強会など関連知識のアップデートにかかる細かなご相談も承りますので、遠慮なくお問い合わせください。

※当コラムの内容は私見であり、BBSの公式見解ではありません。

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