賃上げの効果を最大化する“行動経済学的アプローチ”とは

ここ数年、日本企業では大きな賃上げの流れが続いています。物価上昇や人財獲得競争の高まりを背景に、賃上げは多くの企業にとって避けられないテーマとなりました。しかし、せっかく原資を投じるのであれば、その“投資対効果”を最大化したいところです。今回は、同じ賃上げ額でも、社員がどう受け止めるかによって効果が大きく変わるという点を、行動経済学の視点から解説します。

ケース比較:どちらが“効く”賃上げか?

ある等級の基本給テーブルが「下限25万円~上限30万円」で、以下の3名の社員がいたとします。

A:25万円
B:26万円
C:27万円

この状況で、次の2つの施策を比較してみます。

<ケース1>テーブルを大きく引き上げ、下限未達者のみ底上げ

テーブル:30万円~35万円(+5万円)
下限未達者は30万円まで引き上げ

A:25万円→30万円(+5万円)
B:26万円→30万円(+4万円)
C:27万円→30万円(+3万円)

→合計:月12万円の賃上げ

<ケース2>テーブルと基本給を一律に引き上げ

テーブル:27万円~32万円(+2万円)
全員に一律2万円の昇給

A:25万円→27万円(+2万円)
B:26万円→28万円(+2万円)
C:27万円→29万円(+2万円)

→合計:月6万円の賃上げ

金額だけを見ると、賃上げ総額が大きいケース1の方が効果も大きいように思えるかもしれません。しかし、行動経済学の視点では、ケース2の方が結果として社員の納得感やモチベーションにプラスに働きやすいという示唆が得られます。

なぜケース2の方が“効く”のか?

  1. 他者との比較が満足度を左右する(社会的比較)

    人は、「自分の給与がいくら増えたか」よりも、“周りと比べて自分の位置がどう変わったか”で満足度が大きく変わる傾向があります。
    ケース1では、A・B・C全員が30万円で横並びになるため、B・Cは「自分より若手のAに追い付かれてしまった」といった感情を持ちやすく、たとえ金額自体は増えていても、相対的な位置の変化が“不公平感”につながることがあります。

    ケース2は元の差を維持しながら全員が上がるため、相対的な立ち位置が保たれ、心理的な抵抗が少ないのです。

  2. “損した気分”の方が強烈に残る(損失回避)

    行動経済学では、人は「得をした嬉しさ」よりも、「損をした痛み」の方が強く印象に残るといわれます。
    ケース1では、B・Cは昇給しているにもかかわらず、「Aに追い付かれた」「自分の優位性が減った」と感じると、それを“損”として受け止めてしまう可能性があります。
    これによって、賃上げのポジティブ効果が薄れてしまうおそれがあります。

    ケース2では相対的な差が変わらないため、“損”の感覚が生まれにくくなります。

  3. 給与は「地位のしるし」でもある(地位財)

    給与には、生活を支える“購買力”としての側面に加え、「自分の評価」「社内でのポジション」を示すシグナルとしての機能があります。ケース1では全員横並びになるため、B・Cは「自分の地位が下がった」という感覚を持つ可能性があります。

    ケース2では序列が崩れないため、“地位財としての給与”の価値が保たれる点で納得感が高まりやすくなります。

まとめ

賃上げは単なるコストではなく、人財定着やパフォーマンス向上につながる“投資”です。そしてその効果は、金額そのものよりも「社員がどう受け止めるか」で大きく変わります。
行動経済学の観点では、

  • 社会的比較(周囲との相対位置)
  • 損失回避(損の痛みの影響力)
  • 給与の地位財としての側面(評価や立場の象徴)

といった心理作用が賃上げの効き目を左右します。
同じ原資であっても、設計の仕方によって社員の納得感とモチベーションは大きく変わりますので、賃上げを検討する際には、こうした“心理的効果”も踏まえながら、投資対効果の最大化を図っていきましょう。