• 人事権の行使として降格処分を実施する場合、賃金減額の限度はどのように考えたらいいでしょうか?
  • よくいわれるのは「法的な制約はない。ただし、減額の上限は1割程度までとするのが安全」です。
  • 例えば、第1等級(基本給:下限20万円~上限24万円)、第2等級(基本給:下限25万円~上限30万円)という基本給テーブルを採用している企業において、第2等級で基本給30万円の社員を第1等級に降格させる場合、本来、給与は24万円になるはずです。しかし、上述の「1割」基準を採用するのであれば、降格後は「基本給24万円+調整給3万円の合計27万円」として、給与の減額幅を1割に抑えるなどの対応を行うことになるでしょう。
  • この「1割」は減給の制裁(労働基準法91条)が、ルーツといえます。懲戒処分としての減給の場面ですので、人事権の行使としての降格降給そのものの話ではありませんが、「過大な減給により従業員の生活の安定が脅かされることを防止する」という趣旨を援用して、このような説明がなされることがあります。
  • 確かに、「1割」基準は、降格降給に関して労使トラブル(訴訟など)が生じた際に、企業側に有利な事実として斟酌されるでしょう。しかし、反面、「貢献度や成果に見合った処遇を大胆かつスピーディに行う」要請は後退するという点も意識しなければなりません。
  • 人事権の行使としての降格降給に対して「ハードルが高い」という認識は、かつて主流だった職能資格制度下で醸成されたものと思います。基本的に「能力≒賃金」が上がり続けることを前提とする職能資格制度下においては、確かに降格降給のハードルは高かったでしょう。
  • しかし、時勢は「脱年功。役割・成果に応じた賃金・処遇への移行」です。近時、職務等級制度や役割等級制度へ移行した企業、あるいは、これから移行を考えている企業も多いものと思います。そして、こうした制度改定の目的の一つが「貢献度や成果に見合った処遇を大胆かつスピーディに行う」点にあることも忘れてはいけません。
  • 「企業側が1割基準にとらわれることなく、大胆な降格降給を安心して実施できる」という環境が整うためには、今後の司法的判断の集積を待つ必要があるでしょう。
  • ただ、降格降給による賃金減額幅を検討するにあたっては、「1割」基準を盲目的に採用するのでなく、自社の人事制度(人基準なのか、仕事基準なのか)や、同制度により何がしたかったのか(=目的)、さらに、降格降給にまつわる近時の裁判例なども確認して、利益衡量(法的リスクヘッジVS大胆かつスピーディな処遇の実現)をしたうえで判断することが必要と考えます。

人事労務アドバイザリーサービスに関するお問い合わせはこちらよりお願いします。