新収益認識基準対応コンサルティング
2025年3月11日に公開したコラム(サステナビリティ情報開示:温室効果ガス排出量の測定の基礎データを特定する際の留意点)において、温室効果ガス排出量の測定には「直接測定」と「見積り」の2つの方法が規定されていることを解説しました。概要を振り返ると、納品書などに記載された温室効果ガス排出量を採用する場合を「直接測定」といい、調達量や調達額などの活動量に排出原単位を乗じて測定する場合は「見積り」といいます。ここで、「見積り」の測定方法について、以前のコラムの例ではセメントの仕入量を活動量として環境省の公表した排出原単位を乗じて測定を行いましたが、前述のとおり、仕入量(物量)に代えて仕入額(金額)を用いることもできます。本コラムでは、「見積り」の方法に使用する活動量に「物量」と「金額」のいずれを採用するのかにより生じる以下の違いについて解説します。
要素 | 物量 | 金額 | ||
---|---|---|---|---|
価格相場・為替相場 | 〇 | 影響なし | × | 影響あり |
基礎データの特定 | × | 複雑 | 〇 | 比較的容易 |
基礎データの信頼性 | × | 困難 | 〇 | 比較的容易 |
削減の努力の反映 | 〇 | 直接的に反映可能 | × | 外部要因の影響を受ける |
採用の難易度 | × | 困難 | 〇 | 比較的容易 |
活動量に「物量」のデータを使用する際の利点は価格相場の変動や為替変動に左右されないため、より正確な温室効果ガス排出量を測定することができる点です。例えば、2025年度に100tの物資を海外から調達した場合と2026年度に100tの物資を海外から調達した場合とを比較すると、排出原単位に変動がないのであれば両者の温室効果ガス排出量は同じ結果になります。これに対して、活動量に売上原価(仕入額:材料費)などの「金額」を採用する場合、当該費用の額は価格相場と為替相場の影響を受けて上下するため、温室効果ガス排出量の測定結果も異なるものとなります。とくに、規模の大きい活動については為替相場の変動が温室効果ガス排出量の測定結果に重要な影響を及ぼす可能性があります。加えて、為替の変動は温室効果ガスを直接的に生じさせるものではないため、温室効果ガス排出量の測定に影響させないことが望ましいと考えられます。
一方、「物量」を使用する場合には基礎データの特定作業が複雑になること、および、特定された基礎データの信頼性の確保に困難が生じるという難点があります。つまり、原材料の調達にかかる温室効果ガス排出量については「購買システム(購買データ)」、販売した製品にかかる温室効果ガス排出量の場合は「販売システム(販売データ)」、従業員の通勤や出張にかかる温室効果ガス排出量の場合は「人事システム(通勤データ)」など、活動に対応した物量を管理しているシステムを特定したうえでこれらのデータを収集する必要があります。また、細かなデータを含め幅広く収集が必要となるため、収集したデータ自体の信頼性がどのように担保されているのかを整理することも容易ではありません。これに対して、例えば、連結精算表の金額を活動量として使用すると、これらの金額は財務諸表監査において信頼性が保証されており、かつ、科目名称より対応する活動を容易に紐付けることが可能となります。
企業の最終的な目標は温室効果ガス排出量を測定することではなく削減することであるため、削減への影響の観点からも物量と金額の違いを確認しましょう。当然のことですが、活動量という計算要素に着目すると温室効果ガス排出量の削減のためには活動量を縮小させる必要があります。この点、活動量に金額を採用した場合には、縮小の努力が価格相場や為替相場の影響と相殺される可能性があるため、活動量の縮小を直接的に温室効果ガス排出量の削減に反映するためには物量を活動量として採用することが望ましいものとなります。
つまり、活動量の縮小が見込める重要な活動については物量を採用することで削減努力を測定結果に反映させつつ、活動量の縮小が見込めない活動については金額を採用するなどの使い分けを行うことが考えられます。なお、経営活動に密接に関係する活動量は企業規模の拡大とともに増加傾向を示すことが想定されるため、将来的には活動量にいずれを採用するかにかかわらず、脱炭素を実現した資材・電力の調達や自社製品の脱炭素化をはじめ活動量に乗じる排出原単位をゼロに近似するように削減の努力を行う必要があります。
削減の努力を直接反映した外部影響(為替相場など)を受けない温室効果ガス排出量の測定のためには活動量に物量を採用することが望まれますが、基礎データの収集範囲の広さや信頼性の確保などの課題が多く、実務上は採用困難な場合も多いと想定されます。したがって、財務諸表監査を通じて信頼性が担保される連結精算表を基本として、測定の便益を享受できる活動に対してのみ物量の採用可能性を検討することが実務上の判断と考えられます。なお、当該検討にあたっては、物量の基礎データが財務報告に関連する内部統制を通じて正確性と網羅的が担保されるか否かの観点を持つことが重要です。
※当コラムの内容は私見であり、BBSの公式見解ではありません。
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