サステナビリティ情報開示:SSBJハンドブックの概要と実務上の影響(2025年5月)

はじめに

2025年5月30日にサステナビリティ基準審議会(SSBJ)は、我が国のサステナビリティ開示基準(以下、SSBJ基準と表記)の適用にあたっての関連情報として6つの「SSBJハンドブック」を公表しました。SSBJハンドブックは2025年3月31日、同年4月30日にすでに17の文書(【表1】)が公表されており、2025年5月30日時点でSSBJハンドブックは【表2】を加えた23の文書により構成されることとなりました。これらは企業がSSBJ基準を適用するにあたり生じる疑問の解消に役立つ反面、サステナビリティ関連財務開示の担当者がSSBJハンドブックの内容やSSBJ基準との関係を理解しておかなければ正確かつ効率的な運用はできません。
そこで今回は、新たに公表された6つのSSBJハンドブックがSSBJ基準のいずれの規定に対応しているのか、および、各文書の概要と実務上の影響について解説します。

【表1】

SSBJハンドブック公表日
SSBJ基準用語集2025年3月31日
2024年3月公開草案からの主な変更点
報告企業としてサステナビリティ関連財務情報を収集する範囲
追加的な情報
バリュー・チェーンの範囲の決定
連結財務諸表に含まれる子会社の財務情報の報告期間と報告企業のサステナビリティ関連財務開示の報告期間が異なる場合
法令に基づき報告する指標の算定期間がサステナビリティ関連財務開示の報告期間と異なる場合
期間調整を行う場合の合理的な方法の例
サステナビリティ関連財務開示の公表承認日
日本基準で財務諸表を作成する場合の後発事象と財務情報のつながり
スコープ3温室効果ガス排出の報告と重要性
(参考)2025年3月に公表されたSSBJハンドブックについてはリンク先のコラムをご参照ください。
サステナビリティ情報開示:SSBJハンドブックの概要と実務上の影響
サステナビリティ開示基準で要求する情報の相互参照が認められる場合2025年4月30日
当報告期間中に企業結合が生じた場合のサステナビリティ関連財務情報の開示
財務的影響の開示の対象となるサステナビリティ関連のリスク及び機会
財務的影響の開示と財務諸表との関係
財務的影響に関する定量的情報の開示が免除される場合
地球温暖化係数
(参考)2025年4月に公表されたSSBJハンドブックについてはリンク先のコラムをご参照ください。
サステナビリティ情報開示:SSBJハンドブックの概要と実務上の影響(2025年4月)

【表2】

SSBJハンドブック公表日
商業上の機密事項に該当し開示しないことができる場合2025年5月30日
「サステナビリティ関連のリスク及び機会の識別」におけるガイダンスの情報源と「識別したリスク及び機会に関する重要性がある情報の識別」におけるガイダンスの情報源の比較
参照し、その適用可能性を考慮しなければならない場合の具体的な対応
比較情報を更新するかどうかの判断
サステナビリティ(気候)関連のリスク及び機会の影響が生じると合理的に見込み得る「時間軸」に関する開示
産業別の指標

SSBJハンドブックの概要

⑱ 商業上の機密事項に該当し開示しないことができる場合
適用基準第13項~第16項、第34項、BC40項、BC42項

[概要]

サステナビリティ関連の「機会」に関する情報を「商業上の機密事項」として開示しないことが認められる場合の具体例が示されています。

[実務上の影響]

サステナビリティ関連の「機会」に関する情報のうち、企業が商業上の機密と判断した情報には、以下の要件をすべて満たす場合に限り、重要性の如何にかかわらず開示しないことができます(適用基準 第13項)。

  • 当該情報が、一般に利用可能となっていない。
  • 当該情報を開示することにより、機会を追求することで実現できる経済的便益を著しく毀損すると合理的に見込み得る。
  • 機会を追求することで実現できる経済的便益を著しく毀損することなく、開示に関する定めの目的を満たすことができるように(例えば、集約して)当該情報を開示することができないと企業が判断している。

本文書は上記要件を満たす場合の具体例を示しており、本規定の適用可否を判断する際に有用です。とくに、「当該情報が、一般に利用可能となっていない」という要件は他の2つの要件と異なり企業の判断ではなく客観的事実に依存するため、要件の充足を慎重に確認する必要があります。要件を満たす場合には、例えば、情報が雑誌や新聞、企業のニュースリリースを通じて世間一般の知り得る状態にないことなどが想定されます。

⑲ 「サステナビリティ関連のリスク及び機会の識別」におけるガイダンスの情報源と「識別したリスク及び機会に関する重要性がある情報の識別」におけるガイダンスの情報源の比較
適用基準第40項~第43項、第50項~第55項

[概要]

SSBJ基準(適用基準 第40項~第43項、第50項~第55項)は以下の2つに関する事項を識別するにあたり「SASBスタンダード」や「CDSBフレームワーク」の適用可能性を判断することが要求されています。本文書は当該判断の基準にかかる両者の比較表を提供しています。

  • サステナビリティ関連のリスク及び機会
  • 識別したリスク及び機会に関する重要性のある情報

[実務上の影響]

比較表はSSBJ基準の要求事項を概観する際に有用ですが、本文書からの個別の実務上の影響は想定されません。

⑳ 参照し、その適用可能性を考慮しなければならない場合の具体的な対応
適用基準第40項、第41項、第51項、第52項、第81項、BC81項、BC82項

[概要]

⑲の解説に記載した「SASBスタンダード」は「サステナビリティ関連のリスク及び機会」と「識別したリスクに関する重要性のある情報」の識別にあたり適用可能性を考慮しなければならないとされています(適用基準 第41項)。本文書は上記の適用可能性を考慮する際の実務上の対応策を提供しています。

[実務上の影響]

前述のとおり、適用可能性を考慮しなければならないと規定されているため、実務上は当該規定への対応を示す証跡を残すことが必要です。例えば、「参照したガイダンスの概要(いずれの産業に対するものか)」や「識別と開示の要否を判断したガイダンス項目(個別のリスク及び機会や指標等)」を判断根拠とともにリスト形式でまとめておくことが考えられます。また、証跡は考慮の過程を簡潔な理由とともに文書化するもので良いとされており、記載内容もさることながら、当該過程や根拠を求めに応じていつでも振り返ることができるように作成・保存されていることが重要です。

㉑ 比較情報を更新するかどうかの判断
適用基準第74項、第75項、BC149項~BC151項

[概要]

サステナビリティ関連財務開示の比較情報の更新について、財務諸表における見積りの変更との対比から解説しています。

[実務上の影響]

財務諸表の見積りの変更は当該変更が生じた報告期間の数値に変更内容を反映することで、当該報告期間以降の損益等に影響させるため、(過去の会計上の見積りが最善の見積りである限り)比較情報の更新は必要となりません。これに対して、サステナビリティ関連財務開示は以下の3点を満たす場合、比較情報の更新が要求されます(適用基準 第74項)。

  • 前報告期間に開示された見積りの数値であること
  • 当報告期間に新規の情報が入手されたこと
  • 当該新規の情報が前報告期間に存在していた状況に関する証拠を提供すること

    例:前報告期間においては報告企業が見積りに基づき算定していた数値について、当報告期間にバリュー・チェーンから直接測定した(前報告期間の)数値を入手した場合

SSBJ基準に従った開示は将来的には有価証券報告書に記載されることが多いと予想されます。この点、上記の比較情報の更新は、すでに開示された前報告期間の有価証券報告書を修正するのではなく、当報告期間にかかる有価証券報告書に記載される比較情報を修正することを意味していると考えられます。しかしながら、具体的な対応方法は金融商品取引法等の各種法制度やSSBJ基準(各種ガイダンスを含む)にどのような定めが行われるのかにより確定するものと想定されるため、今後の動きへの注視が必要です。

㉒ サステナビリティ(気候)関連のリスク及び機会の影響が生じると合理的に見込み得る「時間軸」に関する開示
一般開示基準第12項、第14項(2)~(4)、第17項(3)、BC33項
気候関連開示基準第14項、第19項(3)~(5)、第22項(4)、BC52項

[概要]

SSBJ基準(一般基準 第14項、気候関連開示基準 第19項)が開示を要求している「サステナビリティ関連のリスク及び機会の影響が生じると合理的に見込み得る時間軸」について、「時間軸」の定義や期間の考え方を示しています。

[実務上の影響]

企業は経営戦略や管理会計においても「短期」「中期」「長期」の時間軸を考慮しています(ビジョン、中期経営計画、資本計画、操業計画、財務計画等)。この点、サステナビリティ関連財務開示の時間軸の定義が上記の時間軸と完全に整合する必要はありませんが、採用した定義と企業が戦略的意思決定に用いる計画期間との関係には開示が求められます。ゆえに、結果的には両者の定義は整合的であるか、または合理的な調整が可能なものに落ち着く必要があると考えられます。

㉓ 産業別の指標
適用基準第49項、第50項
一般基準第5項(2)、第30項、第32項~第34項
気候関連開示基準第8項(2)、第44項、第46項、第77項(4)、第86項~第88項、BC46項

[概要]

企業がサステナビリティ関連のリスク及び機会について開示する指標を決定する際の判定フローと産業別の指標の具体例を提供しています。

[実務上の影響]

判定フローに基づいて特定された指標が産業別の指標に該当するかの判断は、同じ産業に属する企業に共通するビジネス・モデルや活動に関連する指標であるか否かに基づいて行う必要があります。この点、当該判断の際には本文書の第7項の例示を参考にすることになると考えられます。

おわりに

2025年3月31日に最初のSSBJハンドブックが公表されてから4月末、5月末と連続で文書が追加されており、SSBJ基準を取り巻く環境は今後も目まぐるしく変化することが予想されます。このような状況のなかでサステナビリティ関連財務開示の担当者には情報の適時適切なアップデートが望まれますが、日常業務と並行しての最新情報のキャッチアップには困難が生じる場合もあるかもしれません。この点、BBSにはサステナビリティ開示分析のプロジェクトを経験した公認会計士が在籍し、プライム上場企業として培った有価証券報告書(「サステナビリティに関する考え方及び取組」)の作成に関するナレッジがあります。サステナビリティ開示担当者への研修や企業向けのサステナビリティ開示基準の勉強会など関連知識のアップデートにかかる細かなご相談も承りますので、遠慮なくお問い合わせください。

※当コラムの内容は私見であり、BBSの公式見解ではありません。

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