昨今の初任給引き上げのニュースのなかで、「多額の固定残業代を含む高額の初任給」が話題となりました。固定残業代に「80時間」など長時間の見込み時間を設定する例もありますが、固定残業代の見込み時間はどのように設定するのが適切でしょうか。

企画系の業務などは必ずしも時間比例で成果が出るものではないため、「労働時間の多寡にかかわらずに賃金を支払いたい」と考える企業は多いものと思います。そうした際、労働時間と賃金の関係を希薄化する仕組みとして、法律上「管理監督者」や「みなし労働時間制」などがあるものの、グレーな論法であったり、対象者や適用場面が限定的であったりと使い勝手が良くありません。その点、固定残業代は対象者や場面を問わず適用できる仕組みであり、使い勝手が良いといえます。「労働時間と賃金の関係の希薄化」は、固定残業代の大きなメリットといえるでしょう。

この固定残業代による「労働時間と賃金の関係の希薄化」に着目すれば、「実残業時間の実態にかかわらず、見込み残業時間数をできるだけ長く設定しておくことで、労働時間と賃金の関係を最大限希薄化しよう(例えば、社員の実残業時間の平均が月30時間であっても固定残業代は月80時間分支払う)」という考えも、あながち間違いではないのかもしれません。

しかし、長過ぎる見込み時間の設定は労働者の健康とワークライフバランスを失するリスクがありますし、過去の判例からも公序良俗違反として無効とされるリスクがあります。昨今のニュースを受けたSNSなどのコメントを見ても、長時間の見込み残業時間設定に対しては賛否両論がありますし、弁護士などの専門家の見解としても「36協定の一般条項で上限とされる月45時間を限度にするのが無難」という見解が大勢かと思います。「実残業時間の実態にかかわらず、見込み残業時間数をできるだけ長く設定することで、労働時間と賃金の関係を最大限希薄化しよう」という考えは、現時点では社会一般に受け入れられているとはいえないようです。

個人的にも、固定残業代の仕組みは「労働時間と賃金の関係の希薄化」それ自体を目的とするものではなく、生産性向上という目的を達成するための手段として導入されるのが健全な姿だと考えます。

あまりに長過ぎる見込み時間を設定すると「ダラダラやって長時間残業しても給与は同じ」となり、生産性向上の意識をかえって阻害するリスクがありますし、他方で、短過ぎる見込み時間を設定して、ほぼ全社員が見込み時間を超える実残業をするようでは、「実残業の仕組みでやっているのと変わらず、残業時間が多い方が稼げる」となってしまい、やはり生産性向上のメッセージが打ち出せません。

固定残業代よる生産性向上の効果を生むためには、自社における現状の残業時間の実態に応じて「この残業時間内で仕事を終わらせるのが目標になります」と言えるような、ちょうど良い水準の見込み時間を設定するのが適切でしょう。