サステナビリティ情報開示:補足文書と実務上の影響(2025年6月)(4)

はじめに

2025年6月19日にサステナビリティ基準委員会(SSBJ)は、我が国のサステナビリティ開示基準(以下、SSBJ基準と表記)の適用にあたっての参考として以下の補足文書を公表しました。

  • 補足文書「教育的資料『IFRS S2号『気候関連開示』の適用にあたっての温室効果ガス排出の開示要求』」

補足文書はSSBJ基準を適用した結果がIFRSサステナビリティ開示基準(以下、ISSB基準と表記)を適用した結果と比較可能なものとなることを目的として公表されており、すでに国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が公表しているISSB基準の「付属ガイダンス及び教育的資料」の和訳を添付する形式を採用しています。これらは企業がSSBJ基準を適用するにあたり生じる疑問の解消に役立ちますが、サステナビリティ開示担当者が補足文書の立ち位置やSSBJ基準との関係を適切に理解しておかなければ正確に利用することはできません。そこで、本コラムでは、全4回に分けて補足文書の概要と実務上の影響を解説します(最終回となる今回は補足文書の目次中の「その他のGHG排出の開示要求」にかかる部分を扱います)。

補足文書の概要

補足文書は「背景」「開示要求」「測定要求」「その他のGHG排出の開示要求」の4つの項目に分かれており、「その他のGHG排出の開示要求」の項目では以下の3つの疑問への回答を示しています(以下、補足文書で使用されるISSB基準の用語は対応するSSBJ基準の用語に読み替えて記述しています)。

① 気候関連開示基準は、企業にGHG排出目標(targets)の設定を要求しているのか
気候関連開示基準第92項~第99項

[概要]

補足文書は「GHG排出目標の設定」と「GHG排出目標に関する情報の開示」におけるSSBJ基準上の立ち位置を示しています。

(GHG排出目標の設定)
GHG排出目標の設定自体はSSBJ基準上で要求されていないことを明確にしています。

(GHG排出目標に関する情報の開示)
企業がGHG排出目標を設定した場合に具体的に要求される事項を以下のとおり明確にしています。

  • 企業が設定した定量的または定性的な気候関連の目標および法令により要求されている目標
    ※ 各目標に具体的な情報が要求される
  • 目標の設定と当該目標を査閲する企業の方法および目標に対する進捗のモニタリング方法
  • 各気候関連の目標に対するパフォーマンスとトレンド分析
  • いずれの温室効果ガスが各GHG排出目標の対象となっているか
  • 目標は「スコープ1」、「スコープ2」または「スコープ3」を対象としているかどうか
  • 目標はグロスGHG排出目標かネットGHG排出目標か
  • 目標はセクター別の脱炭素アプローチを用いて算定されているか
  • GHG排出のオフセットを目的としたカーボン・クレジットの計画された使用

(参考)カーボン・クレジットとの関係については以下のコラムを参照ください。
サステナビリティ情報開示:温室効果ガス排出量にかかる削減目標とカーボン・クレジットの関係

[実務上の影響]

GHG排出目標の設定自体は求められていませんが、企業のサステナビリティへの期待を考慮すると、実務上は以下のような目標が設定されるものと想定されます。ただし、企業の目標は属する業界や環境に合致したものが設定されるべきであるため、企業として適切かつ現実的な目標を模索する必要があります。

(中期目標例:2030年)

  • 「スコープ1」と「スコープ2」のGHG排出を2015年比で50%削減
  • 「スコープ3」のGHG排出を2015年比で30%削減

(長期目標例:2050年)

  • 「スコープ1」と「スコープ2」のGHG排出をネットゼロ化
  • 「スコープ3」のGHG排出を2015年比で50%削減
② 企業がネットGHG排出目標(target)を有している場合、具体的な情報の開示が要求されるのか
気候関連開示基準第97項~第99項

[概要]

補足文書は企業がネットGHG排出目標を設定している場合の留意事項(関連するグロスGHG排出目標開示の要求等)を提供しています。
ネットGHG排出目標とはGHG排出の絶対総量へ使用が計画されている緩和策の効果を反映したものであり、実務上は主に調達したカーボン・クレジットの効果が反映されたものになると想定されます。この点、企業がカーボン・クレジットの使用を計画している場合には次のような追加的な情報の開示が要求されます。

  • 企業のGHG排出目標のカーボン・クレジットに依拠する方法および依拠する程度
  • カーボン・クレジットが検証または認証された第三者スキームの名称
  • カーボン・クレジットの種類(自然由来/技術由来)
  • 信頼性および十全性を主要な利用者が理解するために必要なその他の要素
    例:カーボン・オフセットの永続性に関する仮定

[実務上の影響]

企業は重要なGHG排出に対しては「活動量の効率化」や「調達先選定による排出原単位の効率化」により削減の努力を行うと想定されますが、削減不足や重要でないGHG排出に対してはカーボン・クレジットの購入によりオフセットを選択することになると考えられます。ゆえに、実務上は大多数の企業が前述の開示に対応することになると予想されますが、例えば、企業がカーボン・クレジットの多用によりGHG排出の削減を図っている場合、依存度についての開示から「企業自身の活動による削減努力は小さい」との懸念を利害関係者に与えてしまう可能性があるため、カーボン・クレジットはあくまで削減不足や重要でないGHG排出など対象を限定しての使用が現実的です。また、信頼性のないカーボン・クレジットの調達はグリーンウォッシュ(見せかけの環境配慮)の疑念を利害関係者に抱かせることになるため、調達方法やクレジットの内容にも留意が必要です。

③ 子会社の買収または処分により報告企業の構成が変更された場合に、企業は比較対象のGHG排出情報の開示を調整することが要求されるのか
適用基準第5項、第21項、第73項

[概要]

補足文書は企業が子会社の買収または処分の結果として報告企業の構成が変更された場合に比較対象のGHG排出情報の調整が不要であることを明確にしています。

例:子会社の売却と処分

  • 当報告期間に新たに買収された子会社のGHG排出は、比較情報のGHG排出情報に含まれない
    ➡ 当該子会社は比較情報の報告企業を構成しない(比較年度時点では別企業)ため調整不要
  • 当報告期間に処分された子会社のGHG排出は、比較情報のGHG排出情報に含まれる
    ➡ すでに比較情報に正しく含まれているため調整不要

[実務上の影響]

前述のとおり、報告企業の構成変更による比較情報の調整は要求されていませんが、実務上は構成変更と影響の概要を追加的な情報の開示として提供することになると想定されます。

適用基準 第21項
サステナビリティ開示基準における具体的な定めを適用しただけでは、企業の見通しに影響を与えると合理的に見込み得るサステナビリティ関連のリスク及び機会の影響を理解するうえで不十分である場合には、追加的な情報を開示しなければならない。

おわりに

今回は2025年6月19日に公表された補足文書のうち、「その他のGHG排出の開示要求」の項目を扱いました。前回のコラムの最後でも述べましたが、気候関連開示基準におけるGHG排出関連の要求事項を正しく理解するためには、要求事項が「開示」に関するものなのか、「測定」に関するものなのかを区別したうえで読み込むことが必要です(本コラムは「開示」に関するものです)。

※当コラムの内容は私見であり、BBSの公式見解ではありません。

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