サステナビリティ情報開示:SSBJハンドブックの概要と実務上の影響(2025年6月)(1)

はじめに

2025年6月30日にサステナビリティ基準審議会(SSBJ)は、我が国のサステナビリティ開示基準(以下、SSBJ基準と表記)の適用にあたっての関連情報として9つの「SSBJハンドブック」を公表しました。SSBJハンドブックは2025年3月31日、同年4月30日、同年5月30日にすでに23の文書(【表1】)が公表されており、2025年6月30日時点でSSBJハンドブックは【表2】を加えた32の文書により構成されることとなりました。これらは企業がSSBJ基準を適用するにあたり生じる疑問の解消に役立つ反面、サステナビリティ関連財務開示の担当者がSSBJハンドブックの内容やSSBJ基準との関係を理解しておかなければ正確かつ効率的な運用はできません。
そこで、今回から全3回に分けて新たに公表された9つのSSBJハンドブックがSSBJ基準のいずれの規定に対応しているのか、及び、各文書の概要と実務上の影響を解説します。1回目となる今回は【表2】の㉔から㉖の文書について扱います。

【表1】

SSBJハンドブック公表日
SSBJ基準用語集2025年3月31日
2024年3月公開草案からの主な変更点
報告企業としてサステナビリティ関連財務情報を収集する範囲
追加的な情報
バリュー・チェーンの範囲の決定
連結財務諸表に含まれる子会社の財務情報の報告期間と報告企業のサステナビリティ関連財務開示の報告期間が異なる場合
法令に基づき報告する指標の算定期間がサステナビリティ関連財務開示の報告期間と異なる場合
期間調整を行う場合の合理的な方法の例
サステナビリティ関連財務開示の公表承認日
日本基準で財務諸表を作成する場合の後発事象と財務情報のつながり
スコープ3温室効果ガス排出の報告と重要性
(参考)2025年3月に公表されたSSBJハンドブックについての解説はリンク先をご参照ください。
サステナビリティ情報開示:SSBJハンドブックの概要と実務上の影響
サステナビリティ開示基準で要求する情報の相互参照が認められる場合2025年4月30日
当報告期間中に企業結合が生じた場合のサステナビリティ関連財務情報の開示
財務的影響の開示の対象となるサステナビリティ関連のリスク及び機会
財務的影響の開示と財務諸表との関係
財務的影響に関する定量的情報の開示が免除される場合
地球温暖化係数
(参考)2025年4月に公表されたSSBJハンドブックについての解説はリンク先をご参照ください。
サステナビリティ情報開示:SSBJハンドブックの概要と実務上の影響(2025年4月)
商業上の機密事項に該当し開示しないことができる場合2025年5月30日
「サステナビリティ関連のリスク及び機会の識別」におけるガイダンスの情報源と「識別したリスク及び機会に関する重要性がある情報の識別」におけるガイダンスの情報源の比較
参照し、その適用可能性を考慮しなければならない場合の具体的な対応
比較情報を更新するかどうかの判断
サステナビリティ(気候)関連のリスク及び機会の影響が生じると合理的に見込み得る「時間軸」に関する開示
産業別の指標
(参考)2025年5月に公表されたSSBJハンドブックについての解説はリンク先をご参照ください。
サステナビリティ情報開示:SSBJハンドブックの概要と実務上の影響(2025年5月)

【表2】

SSBJハンドブック公表日
第1回2025年6月30日
合理的で裏付け可能な情報
事後的判断の使用を伴うかどうかの判断
SSBJ基準のすべての定めに準拠していない場合の開示
第2回
SSBJ基準を適用する最初の年次報告期間における「過去の報告期間に開示した計画に対する進捗」の開示の要否
スコープ2温室効果ガス排出の測定に用いる排出係数
契約証書に関する情報
第3回
測定アプローチ別の温室効果ガス排出の集計範囲
温室効果ガス排出の測定に用いる排出係数
温室効果ガス排出の測定にあたりサステナビリティ関連財務開示の報告期間と異なる算定期間の情報を使用することができる特定の状況

SSBJハンドブックの概要

㉔ 合理的で裏付け可能な情報
適用基準第4項(8)、第32項、第33項、第38項、第47項、BC58項、BC59項、BC60項、BC63項~BC68項
一般基準第19項、BC42項
気候関連開示基準第18項、第24項(1)、第34項、第69項、第74項、第78項、BC50項

[概要]

本文書はSSBJ基準が「合理的で裏付け可能な情報」を使用することをいずれの項目で要求しているのか、及び、当該情報に該当するのか否かを判断する際の留意点を示しています。

[実務上の影響]

SSBJ基準は以下の項目に対して「合理的で裏付け可能な情報」の使用を要求しているため、企業は報告期間末日の自社の状況に照らして過大なコストや労力をかけずに利用可能な情報を用いて開示を作成することになります。

項目適用基準一般基準気候基準
リスク及び機会の識別第38項-第18項
予想される財務的影響-第19項第24項(1)
気候関連のシナリオ分析--第34項
スコープ3温室効果ガス排出の測定--第69項
バリュー・チェーンの範囲の決定第47項-第74項
特定の産業横断的指標等の開示の作成--第78項

いずれの情報が「合理的に裏付け可能な情報」に該当するのかは企業の固有の状況により異なりますが、財務会計、管理会計及び経営戦略に用いられる情報は「過大なコストや労力をかけずに利用可能である」とみなされるものと考えられるため、開示作成の際にはこれらの情報を無視しないように留意する必要があります。
また、特定の情報が「合理的に裏付け可能な情報」に該当するか否かの評価は各報告期間末日の状況により異なるものとなる可能性があります。例えば、社内システムの高度化や環境省などが公表する情報の拡大により過年度には入手できていなかった情報が容易に収集可能となる場合があります。このような情報は前年度において「過大なコストや労力をかけずに利用不可能な情報」であっても、当年度においては「過大なコストや労力をかけずに利用可能な情報」へ変化している可能性があるため注意が必要です。
なお、サステナビリティ関連財務情報への保証の観点からは、企業が「合理的に裏付け可能な情報」の探索の努力を果たしたことを証明するために、各報告期間の末日においてどのような情報を「過大なコストや労力をかけずに利用可能である」と判断したのかを根拠とともに明文化しておくことが重要です。

㉕ 事後的判断の使用を伴うかどうかの判断
適用基準第74項、第75項

[概要]

SSBJ基準は前報告期間に開示された見積りの数値について、当報告期間に新規の情報を入手した場合であっても、見積りが将来予測的なものである時は、比較情報の数値を更新する必要はないとしています。ただし、「事後的判断の使用を伴わない」場合には比較情報の数値の更新が容認されており、本文書は当該「事後的判断」の概念の解説と設例を提供しています。

[実務上の影響]

SSBJ基準上の「事後的判断」は会計基準上の概念と同様に「見積りを実施した時点よりも後に発生した取引、事象及びその他の状況に基づいて判断を行うもの」と示されています。この点、新たな契約の締結や法規制の導入など見積りの数値が更新される状況の多くは「事後的判断」に該当することになると考えられるため、「事後的判断の使用を伴わない」として比較情報の数値の更新を行う場合には、原因となる事象がなぜ「事後的判断」に該当しないのかを合理的に説明できる状態を整備しておくことが必要と考えられます。

㉖ SSBJ基準のすべての定めに準拠していない場合の開示
適用基準第79項、BC155項、

[概要]

本文書はSSBJ基準が禁止している「基準のすべての定めに準拠していない場合の開示」に該当する例を示しています。

[実務上の影響]

適用基準 第79項はSSBJ基準を適用していないにもかかわらずSSBJ基準を適用しているかのような誤解を招く表現を禁止しているため、「部分的な適用の表明」や「参考としての使用の表明」も許容されません。とくに、以下の③や④は有価証券報告書の「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載を丁寧に作成しようとするあまりうっかり記述してしまわないように注意が必要です(SSBJ基準のすべての定めに準拠していない限りはどのような表現であってもSSBJ基準に言及しないことが安全です)。

部分的な適用の表明
① 当社グループのサステナビリティ関連財務開示のうち X.ガバナンス と XX.リスク管理 については、サステナビリティ開示基準(サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が開発した基準をいう。以下同じ。)に準拠して作成している。
② 当社グループのサステナビリティ関連財務開示は、 X.指標及び目標 を除き、サステナビリティ開示基準(サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が開発した基準をいう。以下同じ。)に準拠して作成している。
スコープ1及びスコープ2の温室効果ガス排出量 は、サステナビリティ開示テーマ別基準第2号「気候関連開示基準」第47項に基づき開示している。
参考としての使用の表明
④ 当社グループのサステナビリティ関連財務開示のうち X.ガバナンス と XX.リスク管理 については、サステナビリティ開示基準(サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が開発した基準をいう。以下同じ。)を参考にして作成している。

おわりに

今回は2025年6月30日に公表された9つのSSBJハンドブックのうち、以下の3つの文書にかかる概要と実務上の影響を解説しました。

  • 合理的で裏付け可能な情報
  • 事後的判断の使用を伴うかどうかの判断
  • SSBJ基準のすべての定めに準拠していない場合の開示

次回のコラムでは次の3つの文書について概要と実務上の影響を解説します。

  • SSBJ基準を適用する最初の年次報告期間における「過去の報告期間に開示した計画に対する進捗」の開示の要否
  • スコープ2温室効果ガス排出の測定に用いる排出係数
  • 契約証書に関する情報

※当コラムの内容は私見であり、BBSの公式見解ではありません。

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