サステナビリティ情報開示:補足文書と実務上の影響(2025年6月)(3)

はじめに

2025年6月19日にサステナビリティ基準委員会(SSBJ)は、我が国のサステナビリティ開示基準(以下、SSBJ基準と表記)の適用にあたっての参考として以下の補足文書を公表しました。

  • 補足文書「教育的資料『IFRS S2号『気候関連開示』の適用にあたっての温室効果ガス排出の開示要求』」

補足文書はSSBJ基準を適用した結果がIFRSサステナビリティ開示基準(以下、ISSB基準と表記)を適用した結果と比較可能なものとなることを目的として公表されており、すでに国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が公表しているISSB基準の「付属ガイダンス及び教育的資料」の和訳を添付する形式を採用しています。これらは企業がSSBJ基準を適用するにあたり生じる疑問の解消に役立ちますが、サステナビリティ開示担当者が補足文書の立ち位置やSSBJ基準との関係を適切に理解しておかなければ正確に利用することはできません。そこで、本コラムでは、全4回に分けて補足文書の概要と実務上の影響を解説します(第3回は補足文書の目次中の「測定要求」にかかる部分を扱います)。

補足文書の概要

補足文書は「背景」「開示要求」「測定要求」「その他のGHG排出の開示要求」の4つの項目に分かれており、「測定要求」の項目では以下の5つの疑問への回答を示しています(以下、補足文書で使用されるISSB基準の用語は対応するSSBJ基準の用語に読み替えて記述しています)。

① 報告企業に関する情報を提供する適用基準の要求事項と、「GHGプロトコルのコーポレート基準」に従い決定される組織の範囲との間に矛盾はあるのか
適用基準第5項、第47項
気候関連開示基準第49項、第60項、第61項、第74項、第103項(1)、第105項(1)

[概要]

補足文書はSSBJ基準が要求している「報告企業」と「組織の範囲」が「GHGプロトコルのコーポレート基準」により決定されるものと矛盾がないことを示しています。

(報告企業)
SSBJ基準が要求している報告企業は情報の提供が要求される企業となるため、「SSBJ基準を用いて報告する企業」と「関連する財務諸表に反映される企業」との間にはつながりがあることになります。例えば、企業が連結財務諸表に付属するサステナビリティ関連財務開示を作成する場合、提供される情報は、企業集団(親会社と子会社)の見通しに影響を与えると合理的に見込み得る気候関連のリスク及び機会に関するものとなります。一方、サステナビリティ関連財務開示が親会社の個別財務諸表に付属する場合、提供される情報は、当該親会社の見通しに影響を与えると合理的に見込み得る気候関連のリスク及び機会についてとなります。

(組織の範囲)
「GHGプロトコルのコーポレート基準」は、組織の範囲を「報告企業が所有又は支配している事業を、採用した連結アプローチ(持分割合または支配力アプローチ)に基づいて決定する範囲」と定義しているため、会計基準上の連結の定義とは一部異なるものとなります。

[実務上の影響]

SSBJ基準は組織の範囲を「持分割合アプローチ」「経営支配力アプローチ」「財務支配力アプローチ」のいずれかのアプローチにより決定することを要求しているため、会計方針の決定と同様にサステナビリティ情報の作成にあたる企業の選択として、いずれを採用したのかを明文化する必要があると考えられます。

② 気候関連開示基準における「スコープ3」の測定フレームワークとは何か。また、当該フレームワークは、企業の「スコープ3」のGHG排出の測定をどのように支援するのか
気候関連開示基準第70項、第72項、第73項

[概要]

補足文書は企業が「スコープ3」のGHG排出を忠実に表現するためにどのような特性に基づいて測定に使用するインプットや仮定の優先順位を決定するのかが示されています。

特性優先代替
直接/見積り直接測定見積り
データの源泉1次データ2次データ
データの質検証されたもの検証されていないもの
用語の定義
1次データ企業のバリュー・チェーン内の特定の活動からのデータ
2次データ企業のバリュー・チェーン内の活動から直接入手されないデータ

[実務上の影響]

インプットの特性を判断するにあたり「データの源泉」と「データの質」はトレードオフの関係を示す場合があります。例えば、経営者や企業の担当者は「検証されていない1次データ」よりも「検証された2次データ」を優先的に適用する可能性があります。また、直接測定が可能な場合であっても提供されたデータの信頼性がない場合には、検証された1次データを使用した「見積りによる測定値」を採用することもあるかもしれません。SSBJ基準や補足文書はトレードオフの状況に対して、いずれの特性を優先すべきか否かを明確に示していませんが、サステナビリティ情報の保証を想定すると「検証可能性」や「信頼性」を優先した判断が妥当なものと考えられます。

③ プロポーショナリティのメカニズムの使用(「報告日時点で企業が過大なコストや労力をかけずに利用可能な、合理的で裏付けが可能なすべての情報の使用」)は、「スコープ3」の測定フレームワークに関連する要求事項にどのように影響を与えるのか
気候関連開示基準第69項

[概要]

補足文書はプロポーショナリティのメカニズムと「スコープ3」の測定フレームワークの関係を示しており、企業は「スコープ3」の測定フレームワークに基づいてインプットや仮定の優先順位を付ける際にプロポーショナリティのメカニズムを使用することになります。

[実務上の影響]

実務上、報告日時点で企業が過大なコストや労力をかけずに利用可能な、すべての合理的で裏付け可能な情報(プロポーショナリティのメカニズム)を使用してGHG排出の測定が行われることが通常と考えられます。この点、当該情報は合理的で裏付け可能なものが要求されているのであり、無制限な情報の利用が許容されているわけではない点に留意が必要です。

④ バリュー・チェーン上の企業の報告期間が異なるため、それらの企業のGHG排出データが容易に入手可能でない場合、企業はどうすべきか
気候関連開示基準第64項、BC173項

[概要]

補足文書はバリュー・チェーン上の企業の報告期間が異なる場合のSSBJ基準上の扱いについて例示を提供しています。

[実務上の影響]

企業はGHG排出に関する開示を行うためのGHG排出の測定にあたり、バリュー・チェーン上の各企業から入手した情報の算定期間が報告企業の報告期間と異なる場合で、以下の要件をすべて満たす場合には、自身の報告期間とは異なる報告期間についての情報を用いてGHG排出を測定することができます。この点、差異の期間に発生した重大な事象や状況の変化による影響は開示することが求められるため、当該規定の適用下となる各企業から「重大な事象や状況の変化」の有無を収集するプロセスを整備する必要があります。

  1. 過大なコストや労力をかけずに利用可能な、バリュー・チェーン上の各企業の最も直近のデータ
  2. 報告期間の長さが同じ
  3. 差異の期間に発生した重大な事象や状況の変化による影響を開示する
⑤ 商業銀行活動に参加する企業は、未実行のローン・コミットメントのファイナンスド・エミッションの絶対総量(absolute gross)をどのように測定すべきか
気候関連開示基準第6項(18)(19)、第49項、第55項、第57項、第61項~第63項、第69項~第73項、B1項、B3項~B14項、C3項~C6項、BC150項、BC171項

[概要]

補足文書は未実行のローンに関連するものを含む、「スコープ3 カテゴリー15」のファイナンスド・エミッションの算定にあたり、企業が考慮すべき事項を示しています。

[実務上の影響]

SSBJ基準は当該算定の具体的な方法を定めていませんが、少なくとも補足文書が示す以下の規定に従う必要があります(表中の下線部分は筆者追加)。

  1. 「GHGプロトコルのコーポレート基準」に従い企業のGHG排出を測定する
    ※ 法域の当局(金融庁)又は企業が上場する取引所(東京証券取引所等)が、企業のGHG排出を測定するうえで異なる方法を用いることを要求している場合を除く
  2. 企業の「スコープ3」のGHG排出を測定するにあたり、「GHGプロトコルのコーポレート・バリュー・チェーン基準」におけるカテゴリーの記述を考慮する
  3. 「スコープ3」の測定フレームワークを用いる

おわりに

今回は2025年6月19日に公表された補足文書のうち、「測定要求」の項目を扱いました。前回のコラムの最後でも述べましたが、気候関連開示基準におけるGHG排出関連の要求事項を正しく理解するためには、要求事項が「開示」に関するものなのか、「測定」に関するものなのかを区別したうえで読み込むことが必要です(本コラムは「測定」に関するものです)。次回のコラムでは「その他のGHG排出の開示要求」の項目を扱います。

※当コラムの内容は私見であり、BBSの公式見解ではありません。

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