転勤廃止は答えなのか――今、問われる転勤制度の見直し方

近年、「転勤廃止」という言葉を目にする機会が増えています。ある大手損害保険会社は2019年に「望まない転勤」を廃止し、全国転勤のあるコースと希望エリアで働き続けるコースを社員自身が選択できるようにしました。また、業界最大手でも2026年度から本人の同意をともなわない転勤を原則として取りやめています。
かつての日本企業では、「辞令一枚で全国どこへでも」という働き方があたりまえでした。しかし今、その前提は大きく揺らいでいます。

背景にあるのは、企業が転勤に期待する役割と、社員が働き方に求める価値観とのギャップです。企業にとって転勤は、人財育成や適材適所の配置、組織活性化を実現するための有効な手段でした。終身雇用を前提にゼネラリストを育成する日本型雇用システムのなかでは、合理性のある仕組みだったといえるでしょう。
一方で、社員にとって転勤は、結婚、子育て、介護、住宅購入といった人生設計に直結する重大な問題です。実際、転勤を理由に転職や退職を考えた経験がある人は少なくありません。就職活動を行う学生の間でも、転勤の多い企業を敬遠する傾向が強まっています。共働き世帯が一般化し、キャリアの主導権が会社から個人へ移るなかで、転勤制度そのものを問い直す時代に入ったのです。
さらに、制度面の変化も見過ごせません。2024年4月からは、労働条件の明示事項として「就業場所および業務の変更の範囲」を示すことが義務化されました。企業には、将来どの範囲で異動や転勤があり得るのかを、あらかじめ明確に説明することが求められています。従来のように曖昧な運用を続けることは、ますます難しくなっています。

では、転勤制度は廃止すべきなのでしょうか。問題は「廃止か存続か」という二者択一ではないと考えます。重要なのは、「メリハリ」と「選択」です。
例えば、全国転勤を前提とするコースと、勤務地を限定するコースを明確に区分し、それぞれの役割や期待、処遇の違いを丁寧に説明したうえで、社員自身が選択できる仕組みを整えることです。転勤制度の見直しとは、転勤をなくすことではなく、多様な働き方に対応した制度へ再設計することにほかなりません。

その際、とくに注意したいのが処遇差の根拠です。
「転勤を受け入れる社員には高い処遇を与える」という考え方自体は合理的ですが、その差が実態に基づいていなければ問題となります。2024年には、転勤のある総合職向けとして設けられていた手厚い住宅制度について、実際には転勤していない社員も利用していたことなどから、処遇差の合理性が問われた裁判例がありました。
制度上の区分だけでなく、「なぜその差を設けているのか」を実態に基づいて説明できるか。今後はその視点がますます重要になります。

もう一つ忘れてはならないのは、勤務地限定コースを選択した社員の成長機会をどう確保するかという点です。
勤務地を限定した途端に、「その地域で無理のない範囲で働いてもらえれば良い」という考え方が強まると、本人のモチベーション低下だけでなく、組織全体の活力低下にもつながりかねません。期間限定で他地域の業務を経験する機会を設けたり、希望に応じてコース転換できる仕組みを用意したりすることで、転勤の有無にかかわらず成長の機会を提供することが重要です。

転勤制度の見直しは、単なる福利厚生の改善ではありません。それは、自社がどのような人財に、どのような活躍を期待するのかを改めて問い直す取り組みです。
今求められているのは、「転勤をなくすこと」ではなく、「納得できる転勤制度をつくること」です。この機会に、自社の転勤のあり方を改めて点検してみてはいかがでしょうか。